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超能力者なんていない

 「思ったんだけど、超能力者なんていないと思うんだ」


 唐突な発言に思わず固まってしまった。

 何をきっかけにして言い出したのかはわからないけれど、顔を見ると意外に真剣な顔で言い出していて、適当にあしらっていいものではないと思う。

 とりあえず今言えるのは、唐突な発言の真意を尋ねることだけで、確認のために聞いてみたいと思ったことを素直に伝えた。


 「突然どうした? 超能力に憧れでもしてた?」

 「昨日、超能力特集みたいなのやってて」

 「テレビ?」

 「そう。テーブルに伏せたカードを透視するとか、箱の中から脱出するとか、動物の気持ちがわかるとか、元々信じてなかったけどやっぱり現実的にあり得ないんじゃないかと思って」

 「それは超能力というよりマジックのような気がするけど、うん」


 昨日のテレビに影響された話題だったみたいだ。友人がする会話としては何もおかしくはない。ただ、らしいな、と思った。

 なんでもかんでも信じてしまう彼のことだから、今までは信じていたのだろう。特集を組むような番組でどうしていないと結論付けたのかわからないけど、信じていた物がないのではないかと思って少なからず傷ついているみたいだった。


 「ひょっとして傷ついてる?」

 「傷ついてない」

 「信じてた?」

 「信じてないよ。むしろ怪しいと思ってた」

 「子供はコウノトリが連れてくるんじゃないんだよ」

 「それくらい知ってる」


 小学6年生までは信じていたのに。それでいいと思っていたから敢えて指摘はしなかったのだけど、彼は他人に言われたことを疑わずにすぐ信じてしまう。将来、というより最近も、詐欺に引っ掛かりはしないかと心配されてしまうくらい。鵜呑みにするにもほどがあると思うけどそういう人だ。


 すぐ信じてしまうけど理解は早い方で、騙されることも多いから、間違えていると気付いてからは切り替えが早い。

 何があったかは知らないけど気付くタイミングが昨日だったみたいだ。正直、超能力の存在を本気で信じているとは思わなかった。本人が納得して満足しているのならそれが何より。少し残念そうにも見えるけど大丈夫だろう。


 「よく考えたらわかることだった。裏返ってるカードの絵柄を言い当てたり、鍵をかけた箱から脱出したり、動物と会話することができたり、人間にそんなことできるはずがないんだ。あれには全部タネがある。もしくは嘘だ」

 「そうとも限らないよ。世界は広いから、本当にそんな力を持っている人がいるかもしれない」

 「えっ、そうなの?」


 ほら、またすぐ信じる。と思ったけど頭を振って私の意見を否定した。


 「いやいや、もう信じないぞ。そうやってまた騙そうとしてるんだ」

 「そんなつもりはないけど、可能性は残されているんじゃない? 世界には何億人もの人間がいるんだから、あり得ると思った方が楽しいじゃないか」

 「そ、そうかな……? いるかな?」


 否定しているけど、本当は信じたいんだろうと思う。私が軽い気持ちでした発言に対して嬉しそうな顔を見せたからだ。

 信じたいけど騙されたくない、恥ずかしい想いをしたくない、そんな気持ちで自分を押し留めようとしているんだろう。ひょっとしたら、それはそれで大人になることなのかもしれない。でも本心を隠そうとするその考えは可哀そうにもなる。

 今まで何度も似たような経験をしているからそうなった。仕方ないこととはいえ少し寂しくも思う。


 「君が信じたい方を信じればいいよ」

 「そう?」

 「正解や不正解じゃない。自分が何を信じて、どう判断するかだ」

 「うーん……いや、でもなぁ」


 渋る様子で、すぐには信じようとしなかったようだ。

 タイミングがタイミングだから仕方ない。本人は慣れているだろうし、いちいち深く干渉しなくても自分で判断するはず。いつも通りと言えばいつも通りだ。


 信じやすい性格は周りにも知られていて、嫌な想いをたくさんしたはず。言い方は悪いけど彼を玩具のように扱う人だっている。きっと悪気はなくて、その人は本当にだめなことは嘘をついたりしないだろうけど、些細な嘘が原因で彼が傷つく姿は何度も見てきた。たとえ軽い気持ちで、些細な嘘だったとしても、やめてほしいというのが私の本心だ。

 ただ彼は優しいから、そんな人とも付き合いを断ったりしない。怒ったり、文句を言うことはあるけれど、見捨てたりはしない。傷つけられたって最後にはほんわか笑って相手を許してしまうのだ。


 私もかつてはそうだった。子供はコウノトリが連れてくる、なんて聞き飽きた話を幼い頃にして、ずっと信じ続けているのを眺めて、私の言葉が彼の中に在り続けているのが嬉しくて仕方なかったのだ。

 途中でバレそうになってもその都度嘘を重ねて信じさせようとしたのだけど、結局はバレて、十年も嘘をついていたことを怒られた。それでも彼は私を嫌わず、最後にはいつものように優しく笑って許してくれた。


 彼の純真無垢な性格は、いっそのこと宝だと言っていいくらい眩しい。その一件があって以来、私は彼に嘘をつくのはきっぱりやめたし、誰かに間違った知識を埋め込まれた時は必ず取り除いて正しい知識を与えるようにしている。だけど騙したくなる気持ちは、今でもわかる。

 なんというか、可愛げがあるのだろう。何を言われてもすぐに信じて目を輝かせるこの人物は、年齢に見合わず子供っぽい部分が残っている。


 背丈は平均より低くて子供っぽく見られがちで、子供っぽく認識されやすい。それも含めてからかわれやすいのだろう。だから人気があるという見方もできて、みんなに可愛がられる青少年だ。

 かくいう私もその一人で、日々彼を愛でさせてもらっている。


 真剣に悩む彼の顔を見つめて、気持ちはまるで親のよう。

 彼の親御さんは私もよく知るが、毎日幸せだろうなと思う。


 「そりゃいた方が面白そうだけどさぁ……」

 「もし本物がいたらどうする?」

 「本物がいたら、やっぱり友達になりたいな! だって僕ができないことをできるんだろうから、それを自分の目で見てみたい!」

 「それなら、信じていた方が良さそうだね」


 私が背を押したことで、うん! と元気に頷いた。

 ほんの少しの満足感。ずいぶん前に嘘をつくのをやめたから、彼は私の言葉には非常に従順で簡単に頷く。それはそれで心配にもなるけれど、私がしっかりしている限りは大丈夫だろうと思っている。

 本音としては、今まで散々騙されてきたわけだから、もっと周囲の言葉に猜疑的になって私の言葉だけを信じてほしいけど、まだそうはならないようだ。


 「だけどもし超能力者がいたとして、正直に言うかな?」

 「え? どういうこと?」

 「だってその人は、自分が他の人とは違うってことを気付いていると思うんだ。他人と違うことに悩んで傷ついているかもしれない。“普通”であった方が良かったと考えているかもしれない。もし実在したとしても、自分がそうです、なんて言い出す人はいないかもしれないね」

 「うーん、そうか……でもなぁ」


 うーんなんて呻きながら、腕組みをして、目をぎゅっと閉じて、彼は真剣に考え込んでいるらしい。こういうもしもの話をする時、馬鹿馬鹿しいなんて言わずに真剣に考えるところが彼の良いところだと思う。そんな彼だから話題に困らないし、自分が想像もしなかった発想を伝えてもらったりすることがある。


 それほど長い時間ではなかったけど真剣に考えた後、ぱちっと目が開かれた。組んでいた腕も解かれて、前に身を乗り出してくる。


 「でもさ、別にいいんじゃない? 超能力があるくらい」

 「ん?」

 「体は男だけど心は女とか、その逆とか、同性愛者とか、病気を持って生まれてくる人とか現にたくさんいるわけじゃん。超能力者って、超能力を持って生まれてくるだけで人間なわけでしょ? 正直に言ったっていいと思うんだ」

 「なるほど、でも……同じ問題にしていいのかな? 超能力を持ってると悪用しようとする人が近付いてくるかもしれないし、知られただけでその人自身が怖がられるかもしれない。人と違うと、どうしたって注目を浴びるものだからね」

 「そうだけど、そういうのって誰にでもあることじゃない? 悪い人なんてたくさんいるし、お金を盗ろうとか、薬をやってるとかさ。それに超能力がなくたっていじめはあったりするし」


 真剣に言っているのはわかった。わからないでもないけど、すぐに納得するわけにもいかなくて、私は聞き返す。


 「超能力を持ってるんだよ? 傷つけられるかもしれないって不安はない?」

 「うーん。悪い人だったらわからないけど、別にないかな」


 気を使ったり、嘘をついているようには感じなかった。本心だろう。確かに怖い物知らずだからそう思っていそうではある。

 彼が本物の超能力者と出会ったら、目を輝かせて自ら駆け寄り、すごい! と連呼して矢継ぎ早に質問するだろう。そこまで想像はできている。


 彼に対して無用な質問だったかもしれない。

 思わず笑ってしまった。彼は昔から変わらない。敵意がなくて優しくて、みんなと仲良くしたいと心から思っている。そんな彼だから人が集まるのだ。


 「なんで笑ってるの?」

 「君は変わらないなぁと思ってさ」

 「むっ、それって成長してないってこと?」

 「そうじゃない、褒めてるんだよ。できればそのままでいてほしい」

 「そう? わからないけど、わかった」


 不思議そうにしているけど頷いた。わかってなさそうだけどそれでいい。何かあれば私が傍でサポートすればいいだけの話だ。

 今はただ一緒にいてくれればいい。それだけでいい。


 「さて、もしもの話もいいけど、そろそろ食べよう。昼休みが終わってしまう」

 「そうだった。どうしても言いたかったから」


 彼はようやく弁当箱を開けた。私もよく知る彼のお母さんが作った物だ。本当なら私が作って渡せばいいのだろうけど、あいにく料理は得意ではなくて、我が母へ急に教えてほしいなどと言おうものなら間違いなく知られる。茶化される。なんとなくそれが不愉快で今まで行動に移せたことはない。


 もし私がお弁当を作って彼に手渡したら。そんな妄想をしてみることがある。

 きっと喜んでくれるだろう。輝かんばかりの笑顔で受け取ってくれるはずだ。

 その笑顔を想像するだけで頬が緩む。実現させようと思うことは一度や二度ではないのだけど、あれこれ心配して実行に移せないことを考えると、私も意外と臆病らしい。幽霊や虫なら怖くないのだけれど、彼のことになると別だ。


 「あれ?」

 「どうした?」

 「お箸がないや。忘れちゃったかもしれない」

 「家に? それとも教室に?」

 「多分家だと思う。いつもここに入れてるし……あーあ」


 がっくりと肩を落とす様を見た。黙っていられるはずがない。

 私は自分のお弁当を置いて立ち上がる。


 「少し待っていてくれ。もしもの時のために持ってきているお箸があるから、それを貸そう」

 「いいの? ありがとう。でも別に素手でも」

 「お行儀が悪いだろう。すぐ戻る」


 いつも利用している美術室を後にする。

 私は、教室に戻るふりをして、人目のない階段の死角へ入った。

 そこで跳ぶ。


 視界の揺らぎと眩い光、浮遊感を感じたのはほんの一瞬。次の瞬間、元通りになる視界に映ったのは自宅のキッチンだった。

 久々のような気はするけど体に問題はない。

 少し迷いはしたけれど、いつも使っている箸を手に持つ。別に間接キスを喜ぶほど初心なつもりはない。確かに少し考えてしまうけれど、これはただ他の家族の箸を勝手に使うわけにはいかないという理由で、別に他意はないわけだ。断じて間接キスなんて望んでいない。洗っているし。


 「あら? どうしたの美加? 学校は?」


 私がもう一度跳ぼうとすると、お母さんに声をかけられた。一瞬ならバレないと思っていたけど、あまり良くない状況かもしれない。


 「お箸を忘れたから取りに戻っただけ。大丈夫」

 「お箸? あんたお昼はいつもパン買って――あっ」


 まずい、と思った時には遅かった。

 お母さんの顔がにんまりして、それはもういやらしいほどに、厭味ったらしいと感じるほど嬉しそうに笑みが浮かべられる。


 「彼氏?」

 「違う」

 「わざわざ取りに帰ってくるなんて健気ねぇ」

 「だから違うって」

 「でもそれ、あんたのお箸でしょ? わからなくはないけど……」

 「別に変な意味はないから」

 「挨拶はいつでもいいからね。相手もわかってるし、お父さんも知ってるから」

 「もういいってば」


 この手の話になるとすぐに食いつく。しかも中々離そうとしない。あまりにも言われるものだから相談もしなくなったのだとなぜ気付かないのだろうか。

 気にせず跳ぶことにする。彼をあまり待たせたくない。


 「その調子じゃまだみたいね……早く告白すればいいのに」


 うるさいなぁ。

 そう思った直後に跳んで、視界は変わり、また階段の下に着地する。


 彼が待っているはずだ。少し早足で美術室に戻る。

 扉を開けると彼は待ってくれていた。お弁当に手をつけずに、私を見ると笑顔で手を振ってくれる。その姿を見ればさっきの不満も全て消えた。


 「おかえり」

 「ただいま。はい、これ」

 「ありがとう。ちゃんと洗って返すよ」

 「別にいいよ。そんなに大したことじゃないから」


 お箸を受け取った彼はお弁当を食べ始めた。

 私はそれを見ながら買ってきた菓子パンを食べる。

 いつかは、同じお弁当箱から料理を取って食べるのもいいかもしれない。

 それぞれが違う物を食べているのを見て、そう思った。

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