ルイ王子とユズ姫〜居候女神は人気コスプレイヤー!?〜
橘弦は身長が伸びず悩み中の男子高校生。社会人の姉、美佳と東京の一軒家に二人暮らし。
ある日、姉の友達である軽井沢あや――通称『ルイ君』が居候することになった。
彼女は、モデルみたいにスタイルのいい長身美人で、女子大生。おまけに性格までいい。しかも、大のショタコンで、成長途中の弦は気に入られてしまう。
年上女子大生との一つ屋根の下のラブが今始まる? なんて、思っていたら、そんな彼女には、もう一つ秘密があった。
彼女は雑誌にも載るほどの超人気コスプレイヤーだったのだ!
弦は趣味でカメラマンをしている姉と、ルイによってあれよあれよとコスプレの世界に引き込まれていく。
美人コスプレイヤーとショタ系男子高校生のラブコメがはじまる!
弟とは、生まれながらにして姉の奴隷である。
土曜の夜、突然姉は超がつくほどの美人を連れて帰ってきた。玄関に入るやいなや、仁王立ちで言ったのだ。
「今日から、この子が一緒に住みます」
姉の隣に立つ美人は、俺の顔もほんとんど見ずに頭を下げる。肩までの綺麗な黒髪が舞った。
「軽井沢あやと申します。今日からお世話になります」
一緒に住む? この美人と? この家で?
混乱の中、更なる混乱が巻き起こる。頭を上げた美人が突然、わなわなと震えだしたのだ。
「ほ、本当に存在するんだ……! 合法ショタ……」
彼女は震えた手で口を押さえた。ゴウホウショタ? なにそれ?
「残念だけど、こいつは高校生。違法よ。飛びついたらお縄よ。落ち着いて」
彼女の肩を姉が優しくさする。何を見せられているのだろうか。
「と、言うわけだから。弟よ、布団一式出しなさい!」
全然どういうわけかわからないのだが、弟は姉の命令には逆らえない生き物である。
こうして、俺と姉とちょっと変態な美人との奇妙な生活が始まった。
俺と姉は都内の一軒家に二人で暮らしている。祖父母の代から受け継いだ一軒家は、二人で住むには大きい日本家屋で、庭付きの二階建て。
そんな家に、軽井沢あや――通称ルイはやってきた。今日で六日目。男子高校生の俺には、少しばかり居心地が悪い。彼女がびっくりするくらい無防備だったからだ。
「ユズ君、おはよう。今日も早いね。手伝うよ」
ルイさんはTシャツと短パンというラフな格好でダイニングに現われた。すらりと長い足が眩しい。
ルイさんは俺のことを「ユズ君」と呼ぶ。橘弦だから、「ユズ」らしい。美佳という名前の姉のことを「ミカンさん」と呼んでいるから、その流れで考えたあだ名なのだろう。柑橘姉弟ってか?
彼女はなぜ「ルイ」なのかというと、名字であるカルイザワの一部を取ったあだ名らしい。変な部分を引っこ抜いてきたなと思ったけど、本人には言わなかった。
「ユズ君は偉いね。家事全部やってるんでしょ?」
「姉にはお願いしてここに住んでもらってるんでこれくらいは」
「そうなの? どうして?」
「両親シンガポールだって話はしたじゃないですか。本当は俺も着いていくはずだったんですよ。姉は職場の近くで一人暮らしの予定で。俺も日本に残りたいけど、高校生の一人暮らしは駄目だって言うから、姉に泣きついたんです。だから、家事くらいはやんないと」
「それでも、家事全部こなしちゃうなんてすごいよ。小さいのに偉いね」
ルイさんはにこにこと笑い、俺の頭を撫でる。小さい子にするかのようだ。俺のほうが彼女より十センチは低いし、「小さい」は小さいんだが。これでも十七歳なんだけど。
高校生にもなって頭を撫でられるのは恥ずかしい。しかし、彼女があまりにも幸せそうだからされるがままでいた。
「はっ! ごめん! つい手が。見るだけとミカンさんに誓いを立てているのに……!」
引っ込めた手で頭を抱えた。ルイさんは百面相を始める。
「それくらいはいいんじゃないか、な……?」
とは言ったものの、子供のように頭を撫でられるのは少し恥ずかしい。しかも相手は超美人。なんとなくまだ感触が残っている気がして、頭をさすった。
「ああ……その照れ笑い可愛いすぎる……。どうしよう。私の心のメモリアルに今の表情はバッチリ保存済みです。ありがとう……」
彼女は静かに俺に向かって手を合わせた。なぜか祈られている。
六日間過ごしてわかったのだが、彼女は残念すぎる美人なのだ。色白で、足も手もすらりと長い。艶々の黒髪に長い睫毛。しかし、口を開いたらビックリするほどの変態だった。
しかし、残念とはいえ、美人である。並んで朝食を準備するのはまだ慣れない。会話していないと落ち着かないのだが、そろそろネタ切れだ。
「あー。そういえば、姉とはどこで知りあったんですか?」
「……え?」
「ほら、うちの姉、もう二十六で社会人だし。大学一年のルイさんと共通点なんてないなーと思って」
聞いたところによると、ルイさんは四月に福島から出てきたばかりだというのだ。東京に来て半年でどうやって知り合い、あの気難しい姉を手懐けたのか。
「あー……。趣味が同じで知り合ったんだ」
「そういや、週末よくでっかい荷物を持って出かけていたような」
姉の身長は日本人女性の平均よりも十センチくらい低い。その姉がすっぽり入りそうなほど大きなキャリーバッグを引いて出かける姿をよく見かける。海外旅行にでも行く気かという荷物なのだが、朝早く出て夜には帰ってくるのだ。
「あの荷物の中身ってなんなんですか?」
「聞いてない? カメラだよ」
「そういや、ときどき庭の花とか撮っていたような……。じゃあ、ルイさんもカメラ持って出かけるんですか?」
「まぁ……。そんなもんかな?」
ルイさんがカメラを持って構えている姿を想像すると、めっちゃ似合っている。カメラ女子、なんて言葉を聞いたことがあった。いわゆるそれだろう。
「うちの姉、親友が地方行っちゃったから暇なんですよ。だから、これからもよろしくお願いします」
「ユズ君はお姉さん思いのいい子だね」
ルイさんは伸ばしかけた手を引っ込めた。「イホウ、イホウ」という謎の呪文がキッチンを巡るのだ。
次の日、朝早くに姉とルイさんは揃って家を出た。二人とも二泊三日できそうなキャリーバッグを引いている。写真を撮るのって、大荷物で大変なんだな。
家事を終わらせ友達に借りていた漫画を読んでいたとき、スマホが鳴った。姉からである。ふだんならメールで済ますのにも拘わらず、今回は着信だ。
「もしもし?」
『弦? いま家?』
「うん、家だけど」
『私の部屋に青いポーチがないか見てくれない?』
「ちょっと待って。……あ、ベッドの上にあるやつ? クマの絵が描いてある」
『それ。中に黒い四角いやつ入ってる?』
「なんかのバッテリーみたいなやつ? 三つかな」
『……それさ、池袋まで持ってきてくれない?』
「はー? 今から?」
『それないと今日なにもできないの。お願い。今すぐ持ってきて。今度なにか奢ってあげるから』
姉は言うなり、電源を切った。「お願い」と言っておきながら、ほぼ強制である。これを無視すると面倒なことになるし、今日は大した用事もない。
俺は渋々、青いポーチを手に家を出た。
土曜の昼前だというのに、池袋の街は賑わっている。電車に乗っているときに、姉から地図が送られてきた。指示された場所は東口方面の公園だ。駅まで来てくれたっていいのに。しかし、そんなこと、お姉様に言えるわけもない。
大きな横断歩道を渡り、電気屋を横切る。真っ直ぐ公園を目指した。
公園とはいうが、遊具があるわけではない。緑もほとんどない。ただの広場だ。しかし、人が多い。池袋の待ち合わせといえばフクロウ前なのだが、そこより密度が高くないか?
小さい姉を探すのは一苦労だ。こんな赤や白みたいな派手髪の中じゃ絶対見つけられないよな。……ん? 赤?
俺は目をこらして辺りを見回す。赤い派手な髪をした人は、王子様みたいな格好をしていた。黒髪だと思っていた人も、毛先にかけて紫色に変化している。まるで、現代日本という世界観を無視した空間がこの小さい公園に広がっていたのだ。
もしかして、俺、異世界に迷い込んだ?
「弦!」
呆然としていると、背後から声をかけられた。聞き慣れた声に振り返ると、仁王立ちの姉がいる。よかった。ここは現代日本だ。
「持ってきてくれた?」
「これだろ?」
「ありがと。助かったー!」
「それはよろしゅうございました。あれ? ルイさんは?」
「後で合流する予定」
「ふーん。なんか変わった格好の人がたくさんいるけど、祭りかなにか?」
「あんたはそういうの知らないもんね。コスプレイヤーってやつよ。アニメとかのキャラの格好してるの。今日はそのイベント」
「へー。姉ちゃんたちはそれを撮りに来たわけ?」
「まあ、そんなところね」
姉は昔からゲームや漫画が好きで、部屋は本であふれている。世間でいうところの、オタクというやつなんだろう。
あ、見たことあるキャラクターが四人いる。そのうちの一人がこっちを見て手を振ってきた。ピンクの髪をツインテールにした――魔法少女である。
「ミカンさーん!」
高くて可愛い声が聞こえた。その呼び名には憶えがある。ミカン――いや、姉は少し困ったように手を振り返した。
「ミカンさん、超会いたかった~!」
と、魔法少女は言うなり姉を抱きしめる。欧米か? すぐに四人の魔法少女に囲まれた。そして、彼女たちは矢継ぎ早に話を始める。
「先週の写真見ました~! あのスタジオ行ってみたくて~」
「今日って、アフターどうする予定ですか? よかったら一緒しましょー!」
スタジオ? アフター? なに言ってるのか、ちんぷんかんぷんだ。
「更衣室でルイ君に会いましたよ。まだ着替え途中だったから超楽しみ〜」
更衣室? 着替え途中? なんで、写真撮るのに着替え?
「もしかして、ルイさんって……」
俺の小さな呟きに、魔法少女たちの視線が集中する。姉が口を開いたところで、声をかけられた。
「お待たせ。って、……ユズ君っ!?」
六日間も聞けば慣れてくる――ルイさんの声だ。しかし、振り向くと、知らない人が立っていた。鶯色のショートヘアが風に揺れる。
俺はその姿を呆然と見上げた。
「ええと……男?」





