僕には魔女でラスボスの彼女がいます、振られましたが
かつて『未来視の魔女』はひとつの可能性を見た。
遠い未来、1人の魔女が人類を滅ぼす光景を。
だが彼女は、『未来視の魔女』はその未来を否定した。
故に彼女は2つのものを残した。
1つは思想、「悪しき魔女を殺せ」と。それは人類の深層心理の奥深くへ呪いのように刻まれ。
そしてもう1つは、未来まで死ぬことのない『機械仕掛けの魔女』を。
彼女の見た遠い未来から、少しだけ前。
少年は恋人だった魔女を殺すと決断し、
200年の時を経て『機械仕掛けの魔女』は起動する。
既に未来は変わった。ここに、魔女に人生を弄られた2人の物語が始まる。人類を滅ぼす『獣の魔女』を殺すためだけに。
いま僕は女の子に手を引かれて、学校の階段を上っています。内心ドキドキです。
肩の上ぐらいで切られた髪を揺らし、僕の前を行く小柄な子。名前は真白 祈、僕の彼女だ。普段おとなしい癖に、教室にいた僕を強引に連れ出したり大胆な一面もある。
さて、時刻は昼休み。購買に向かう生徒、職員室に戻る先生達とすれ違う。一体どこに向かってるのか……
「この先、屋上か。青春だな……けどうちの高校、屋上は立ち入り禁止じゃなかったか?」
「大丈夫、鍵は開けれるから」
あっ、はい、そうですか。余計なこと言ってごめんね。
階段の終わり、本来なら行き止まりの場所。
彼女は細くて小さな手を鍵のかかった扉に伸ばして言う。
「後ろ向いてて。集中するから」
何に集中するのか疑問だが、言われた通り背を向ける。
背後でガチャリと音がして、振り向くと屋上の扉は開いていた。
ん、と彼女は僕を招き入れる。何処に隠していたのか、弁当を2つ抱え得意げに笑って……いやほんと、何処にあったの?
ともあれ、彼女の手作り弁当だけでも嬉しいのに、屋上で2人きりイベントまで発生か。青春すぎて死にそう。
「そうだ、また手品教えてくれよ」
弁当を食べ終えた僕達は世間話を始めていた。
あ、弁当は好物ばかりが入ってて、最高に美味しかったです。ありがとうございます。
「前教えたのが完璧だったらね」
これまた何処からか、彼女は2箱のトランプを取り出した。
シンプルな箱には普通の絵柄のものが入っていて、もうひとつはハートの1だけが入ったものと説明が入る。
「はい、この中身を入れ替えて」
僕はハートの1だけのトランプをポケットに隠し、普通のトランプに視点を集める。
次に中身を取り出し、普通のトランプであることを強調して箱に戻す。
最後に片手をポケットに入れて準備は完了だ。
そして、トランプを持つ手を素早く振って視線を誘導し、『入れ替える』
「うーん、ポケットの手が怪しい」
「いや、触れてなきゃ出来ないだろ」
「じゃあ、だめ。新しいのはお預け」
まだまだ彼女のお眼鏡に敵わなかったらしい。
ま、彼女が慎重になるのも無理はない。
ーー実を言うとこの手品、タネも仕掛けも存在しない。
体の奥のエネルギーを燃料に、触れている物を入れ替える。
披露する僕でさえ、その原理をはっきりとは分かっていない。
どんな手品師にも見抜けない手品。それは異常で、魔法と称されたって不思議じゃない。
けど、互いに示し合わせたかのように、魔法という言葉は口にしなかった。
それに触れてしまえば、この関係が壊れてしまうと分かっていたから……
それから話題を変え喋っていると、ひと呼吸置いた彼女が真剣な表情で問うた。
「ね……世界中がさ、私の敵になったら晴人は助けてくれる?」
「急にどしたの?」
「いいから、好きな子が世界中から命を狙われるの。想像して」
「ーー世界中が祈の敵になる、か……」
これがラブソングの世界、あるいは真っ当な男なら、好きな子を守ると答えるのだろうか
「ーーなあ、世界中が敵になるって、よっぽどの事をしたはずだろ? なら責任をもって君を殺す。で、僕もすぐ行くからあの世で結婚しよう。ってのはどう?」
他愛もない会話だ。ここにいるのが他の誰かなら、ふざけあいの一幕として気にも留めないはずだ。
ほんと、どっちかが違ってれば良かったのに。
「うぅ、彼氏の回答が斜め上過ぎて困る、不思議な人。って、それと付き合う私はもっと変ってことじゃ……」
「いやいや、こんな僕を好きでいてくれる優しい子だよ」
「ーーーー」
褒めただけなのに叩かれた。
さては照れ隠しか。かわいいやつめ。
走り去る姿も絵になるなー、好き。
ーー楽しく話せていたと思う。
しかし、この日を最後に彼女は僕の前から姿を消した
*
『ーー速報です。今入ってきた情報によると昨夜、都内の住宅街で焼死体が発見された事件で、警察は防犯カメラの映像を公開。犯人と見られる女性は10代で、背丈は150センチくらい。黒いローブを着て、とんがり帽子で顔を隠していたとのことですーー』
パンを片手に惰性で見てた朝の報道番組に、女が道具も使わず人を燃やす映像が流れた。
クレームを恐れず、朝からこんな映像を流すとは攻めてるな。
けどローブか。
ふと昨年末の光景が蘇る。その日は格好つけて彼女を高めのレストランに誘っていた。
正装で、と伝え家に迎えに行くと、出てきたのはローブ姿の祈。
呆れて言葉が出なかった。
即刻着替えさせたが、あれのどこが正装なんだよ、かわいかったけど! 親も何故止めない。
ん? 祈の親ってどんな人だったけか。
それよりもだ。彼女と1週間連絡が取れてないのに、どうして僕も周囲も慌てずにいる……
「ーーこうしちゃいられない」
食べかけのパンをそのままに、僕は学校へ向かった。
*
先生達と彼女の友達に聞いて回り分かったのは、いなくなる1日目は学校に連絡があったとのことだけ。
自分から行方をくらませた? だとしてもどこに、
一旦落ち着くため席につく。
考えが纏まり次第、教室を飛び出そう。
学校を脱走すれば指導間違いなしだが、仕方ない。成績よりも彼女が大事だ。
悩んでる間に授業が始まり、それから少し経った頃、彼女が好きだった曲が教室に響く。
「この着信音は祈の……」
「授業中はマナーモードだぞ」
携帯の画面には『真白 祈』と彼女の名前が映し出されている。すぐ電話に出たいが、ここじゃ人が多い。
「先生トイレ行ってきます!」
「おい! 絶対に違っ……」
考え事に集中して、先生が誰か覚えてないが、うん、あとで謝ろう。
今はどこも授業中。空いてる教室は思い当たらないが、静かに話せる場所の心当たりはある
「さて鍵は、」
結論から言うと掛かっていた。掛かっていたのだが、僅かな違和感を感じた。
また屋上に誘う気だったのか、彼女が鍵を開けた時の細工が残っている。
けど一般人が気付けるものじゃない。
ーーもう、認めよう。これは魔法だ。
当然、彼女に教わった手品も魔法。
体の奥にあるエネルギーは魔力と言ったところか。
一度認めてしまえば簡単だった。ただ鍵穴に触れて魔力を通すだけ。
すると魔法が発動し、扉が開く。
魔法を使えた彼女はきっと……
多分、その答えは電話に出れば分かってしまう。あるいは彼女の罪も。
『ーーもしもし晴人。あのね、話があるの』
「それより無事だったか」
『うん。ごめんね、連絡できなくて』
彼女は黙ってしまう。けど繋がりは存在していて、この静かさにも安心があった。
『……私たち別れよ』
別れ話か、理由はなんとなく分かる。ローブ姿、行方不明、魔法……。そして、あの炎も魔法であるのなら。
「そっか……やっぱりあれか、あれは祈か」
『そう。あのクズを燃やしたのは私』
「自首は出来ないか?」
『無理。あいつらは検査って私を騙して、データを取ってるだけだった。そのせいでみんなが殺されて……。今もね、聞こえるの。「お前のせいだ」「許さない」って沢山の声が!』
彼女が声を荒げるのは初めてだった。それだけ彼女は苦しんでいる。
思えば、電話を掛けてきたのは彼女の方か。
別れようと言っていても、心の奥底では味方を求めていて。
だからあの日の問いが繰り返される。
『ね、世界中が私の敵になったら晴人は助けてくれる?』
「ごめん。僕の答えは変わらない。君を、殺すよ」
『『入れ替え』の魔法しか使えないくせに魔女である私を殺す? ーーふざけないで!」
「ーー僕は君が好きだ、愛してる。だから君を殺す」
僕の告白を最後に電話は切られた。
僕は祈を愛してる。彼女が魔女であろうと殺す。その責任が……そうだ、悪い魔女は殺さないといけない。
だって現代じゃ魔法は異物だ。それに彼女は人を殺していて、多分これからも殺す。
1つとは言え魔法を使える僕も異物だが、彼女を殺して後を追うから、少しだけ見逃して欲しい。
「だから、僕の選択は正しい」
言い聞かせるように呟いていた。
ーー途中から操られたように、彼女を殺す正当性を語っていたことに不安を覚えたから。
途端に、通話終了の音を寂しく感じた。
どれだけ待っても彼女の声は聞こえてこない。この先に彼女はおらず、繋がりも存在しない……。
なのに携帯が鳴り出す。今度は知らない番号からだ。
『ーー数瞬後、そちらに魔獣が召喚されます。わたしも急いで向かいますが、決して死なないで。突然なのは分かってます、でも貴方は希望なんです。貴方なら、あの魔女を殺せるかもしれない。だから生きて』
誰かも分からない電話相手は、一方的に用件だけを告げて電話を切った。
僕が希望? 怪しすぎる話を信じるかどうか考えあぐねていると、魔力が揺らいだのを感じた。
ほぼ素人の僕が感じれるほどに濃い魔力。
学校全体が魔法陣に包まれ魔法が発動し、下から獣の鳴き声が沢山聞こえてきた。
「本当だったか。なら、出来るだけ彼女の手を汚させたくない。じゃないとあの世で一緒になれるよう、同じだけ殺さないといけなくなる」
ーー半分は冗談だ。そう半分、誰も殺させず生き残る。
使える魔法は『入れ替え』ただひとつ。他に武器はない。無謀もいいところだ。
それでも僕は、魔獣の待つ階下に駆け下りた。