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君が動けないなら、僕が君を頂上へ連れて行く

 タマを転がしてタマを押し、坂を上るゲーム世界のお話。

 各ステージをクリアすると、上の階である次のステージに吸い上げられ、塔の頂上を目指す。

 セーブ機能がない代わりにステージ内なら一定時間、時間を巻き戻す能力を経験値に従って獲得していく。

 ステージの壁の手前は丸く坂になっている。

 他にも全ステージ、どう失敗しても、転がるだけで、どこかにぶつかって痛い思いをすることがないよう設計されている。

 タマ同士も激しくぶつかることがないように設定されている。

 ミス回数はカウントされず、ペナルティというものは存在しない。

 ギブアップすることによって、初期位置、初期値に戻すことは可能だが、それ以外で獲得したものが減ることはない。

 よって、死、ゲームオーバーも存在しない。当然、残機という概念もない。

 ステージクリアに制限時間もなく、何年後だろうと放置した時点から再開できる。

 僕はタマだった。

 球体のタマ。何の突起物もない。色は薄い緑一色。

 自分で見たわけじゃない。この世界にもう一人だけ存在する自我、優が教えてくれた僕の見た目。

 優は女の子。たぶん僕と同じ大きさの球体。何の突起物もない。色は薄い桜色。

 優は僕のことを勇と呼ぶ。

 僕は自分を男だと思っている。


 僕は自分の意思で自由に転がることができる。

 優はそれができなかった。

 平地では微動だにできず、坂では物理法則のままに転がるしかなかった。


 僕たちは知っていた。

 この世界は数多の階層から成るタワーで、上に上ることで幸福になれると。

 各階層の出口は全て坂の上にあり、坂を上ることで階層はクリアされる。


 僕は決意した。僕が優を押して転がして進み、頂上に行こうと。

 いや、理由はないよ。そうするのが当たり前だろ?


「優、練習しよう」

「え? 何の?」

「僕が君を押して前に進む練習」

「どういうこと?」

「ん? だから、僕が君を押して転がして塔の頂上を目指すんだよ」

「無茶よ! だいたい何でそんな苦労を背負い込むの?」

「変なことを言うね? そうしないと君が塔の頂上に行けないじゃないか?」

「変なのは勇よ! 私なんか放っておいて一人で塔を上ればいいじゃない!」


 僕はショックを受けた。そんな考え方があっただなんて……。


 僕はしばらく言葉がでなかった。


「女性に体重の話なんて失礼だけど、優をここに残していったら、僕の心は重くて重くて仕方ないよ。君を連れて行く方がよっぽど軽いよ。ねぇ、僕と一緒に行ってくれないか?」

「……あんたはバカよ」


 いざ、練習を始めてみると、平地を直進するのも大変だった。思ったのと微妙に違う方向に進んでしまう。

「なかなか上手くいかないな」

 思わずぼやいてしまった。

「そんなに正確じゃないといけないの?」

 優も飽きてきたみたいだ。

「うん、坂を上っているとき、ちょっとでも斜めにそれたら、そのまま坂を転がり落ちちゃうからね」

「ねぇ、ちょっと、休も」

「あ、ごめん。疲れた?」

「私は押されてるだけだから大して疲れないわよ。あんたよ、あんた! 少しは休みなさいってのっ! ったく、恨詰めすぎよ」

「別に無理してるつもりはないけど」

「それがいかーん。休憩しながらの方が効率いいはずよ」


「優、休憩って何するの?」

「何もしないをするんだよ」

「苦手だな、それ」

「じゃあ、質問していい?」

「どうぞ、お嬢さん」

「勇は、人間って知ってる?」

「知ってるな」

「人間って、この世界に居る?」

「居ないな」

「じゃあ、何で知ってるの?」

「昔、人間の社会に居たような? 自分が人間だったような?」

「やっぱり? 私もなの」

「転生したのか? 前世の記憶か?」


「そろそろ緩い坂で上る練習してもいい?」

「いいわよ」

「あ!」

「あー」

 ちょっとだけ押す方向がずれた。

 ちょっとだけ優が斜め前に進む。

 でも、もう為す術はないのだ。

 優がゆっくりと僕の身体に沿って転がり出す。

 それは、腹が立つほどゆっくりで、こんなにゆっくりなんだから、なんとかリカバリー出来るだろうと思っていろいろ試みたけど、自分の無力さを思い知らされた。

 優が僕の身体を離れると、せめてもと僕は自分で転がって、優を追い越して待ち伏せする。

「ごめんね」

「謝らないで、返事がもう在庫切れよ」

「本当にごめん」

「だから、気にしないで。それより、休みましょ」

「ああ、ごめんね……」

「疲れたのは勇だからね」

 優が言いかけの僕のセリフに被せてくる。

「すぐに恨つめるんだから」

「でもさ、この世界に来て、身体が疲れたことないんだけど?」

「えっ? 勇も疲れを感じないの?」

「『勇も』ってことは、優も疲れを感じてないの?」

「うん、肉体的にはね。でもてっきり、それって私が動けないからだと思ってたの」

「いや、この世界の不自然さから考えると疲れないのが自然なんじゃないかな?」

「不自然だから自然?」

「優、この世界で痛みって感じたことある?」

「そういえば、肉体的にはないわ」

「暑さや寒さは?」

「ない。いつも快適」

「おなかがすいたとか」

「ない。飲みたいとか食べたいとか思ったことないわ」

「そう、この世界で肉体的な苦痛や欲求を感じたことがない。たぶん感じないようになってるんだ」

「……私たち死んだの?」

「これが死後の世界だとしたら、全ての宗教家は廃業するしかないね」

「あんまりよね」

「この世界が何か? って謎はかなり壮大そうだから置いておいて、とりあえず、僕はどれだけ練習しても疲れないんだよ。だから、心配しないで」

「いーえ、心配します! なぜなら精神は疲れるはずだから」

「どうして精神は疲れるって言い切れるの?」

「言わないことにしていたけど言うわ。私が勇に押してもらうこと、なんとも思ってないと思ってるの? 感謝もしてるし、負い目にも思ってる。この二つの気持ちが、私の中でせめぎ合うのは、どうしたって止めることは出来ない。だから、勇がどんなに良い人だって、練習で疲れないとまでは言わせない」

「……そうだね。僕も練習を続けすぎると疲れるかな。ちょっと休もう」


 休んだのが良かったのか、その後、緩い坂を上るのがみるみる上達した。

「だから言ったでしょー」

「優様のおかげです」

「うそよ。勇が頑張ったからでしょ」

「二人の手柄にしておこうよ」

「いいの?」

「いいの!」

 そのあとも楽しく話しながら順調に進んだ。


「ちょっと休みましょ。慎重に止まってね」

「お休み命令ですか?」

「ふふ、それもあるけど、勇からは見えにくいでしょうけど、ここから坂が少しきつくなってるの」

「そうか、それは気付いてなかった」

「何か作戦はある?」

「うーん、十分休んで、今まで以上に慎重に進むしかないよ」

「そーね」

「ん? どうかした?」

「いや、休むって言っても、私を支えながらで休まるのかなー? っと思って」

「忘れたの? 肉体的には疲れないんだよ」

「私を落とさないように気が抜けないでしょ?」

「進むより楽! それより優も緊張解除!」

「あれ? ばれてた?」

「伝わってくるよ。おつかれさん、ありがと」

「先にお礼言われたー! 私が先に言わなきゃなのに-!」

「ごめんごめん。今からでも聞きたい」

「ありがとう。本当にありがとう」

「うん、うれしいよ」


 そして、次の少しきつくなった坂の部分を僕たちはノーミスで上り切ったんだ。


「すごいよ勇! ノーミスで上っちゃったよ!」

「そして、この先、また更に少し坂がきついんだね?」

「うん、それでね……」

 優が何かを言いよどむ。

「どうしたの?」

 僕が聞く。

「坂の上に何かあるの。たぶん上の階に上がる装置」

「えっ! 本当? じゃあ、一階クリアってこと?」

「たぶん」

 優が暗い。

「どうしたの優? 嬉しくないの?」

「……この一階って一面の芝生に抜けるような青空でとってもすてきよね」

「うん」

「二階ってどうなっているのかな?」

「え?」

「私、怖いの。このまま一階に居た方が幸せなんじゃないかって気がして」

「どうして?」

「ここに居れば、何の苦痛も欲求も襲ってこないのよね?」

「ああ」

「それって、ある見方をする人たちからすると不幸なんじゃないか? って気がするの」

「あー、言いたいこと分かる」

「それで、もしかしたら、塔の頂上で待ってる幸福って死とか消滅である可能性もあるなって思ったの」

「確かに、そういう宗教や社会が存在するって聞いたことがある」

「ねぇ、勇、塔の上に待っているのは本当に私たちの幸福なの?」


 僕もそう言われて考え込んだ。

 正直言って、不自然極まりないこの世界や何の根拠もなく信じ込んでいた塔の上の幸福とか信じられない物ばかりでこの世界が出来ていて気が狂いそうだった。

 唯一信じられるもの。唯一信じたいもの。


 僕は身体を横にずらした。

 優の身体がゆっくりと転がり出す。

「えっ? ちょっと! 勇! 何してんの?」

 優がびっくりして叫ぶ。

 坂を転がり落ちていく優。

 僕もすぐに追いかけて、隣を転がっていく。


「ばか! せっかくあそこまで上ったのに何してんのよ!」

「ほぅ? 『せっかく』? 怖いとか上に行きたくないとか言ってたのは、どこのお嬢さんでしたかな?」

「だからって、全部パァにすることないでしょっ!」

「長く伸ばした髪バッサリ切ったり、貯めたお金一気に使ったりするのって気持ちよくない?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょお!」

「ジェットコースターみたいで気持ちいいじゃん!」


 そんなこと言ってるうちに坂を下りきり、平野を突っ走り、壁の手前のハーフパイプのような丸い坂を急激に上って、空中高く放り出され、ハーフパイプに受け止められて駆け下り、平野を突っ走っている途中でスピードダウンして止まった。

 同じようにして平野で止まっている優を見つけて、全速力で転がって駆けつけた。


 僕は黙って優に近づくと、黙って軽くとんっとぶつかってみた。

 優も黙っていた。

 僕はその後も四、五回、優に軽くとんっとぶつかってみた。

 優は何にも言わなかった。


 僕は意を決して言った。

「僕には二つ譲れないことがある。

一つ、優とずっと一緒に居ること。

一つ、塔の頂上を目指すこと。

もし、僕の身体が1つじゃ不可能なら、僕は身体を2つに引き裂く!」

「じゃあ、勇の身体を引き裂かなくてすむように、私を連れていって下さい」

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