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そこに誰かいらっしゃるのでしょうか。もしいらっしゃるのであれば、どうか■の話をお聞きください。■はいま、この物語における『主人公』の役割を果たしております。しかし、■の力ではこの物語の『主人公』として相応しい成果を上げることができません。ですから、■はこの物語の『主人公』を辞めたいのです。しかしながら、この物語に『主人公』が欠けることは、すなわち世界の終わりを意味します。世界が終わってしまえばきっとこの世界の住人は……。そこで、一つお願いがあります。いまこの声を聞いてくださっている貴方へのお願いです。
――『主人公』に、なってみませんか?
物語を動かすことができるのは『主人公』のみである。
それは、数多に存在する物語における絶対の理だ。
『主人公』が行動することで世界は動き、物語という名の歴史を正しく刻む。
――だからこそ、『主人公』が欠落した物語などあってはならない。
「はぁっ、はぁっ……」
大通りを抜け、裏路地を駆け、とにかく誰にも見つからない場所へと私は走る。
逃げなくてはならない。見つかってはならない。捕まってはならない。
でなければ、またあの場に戻されてしまから。
――『主人公』として、生きることを強制されてしまうから。
「なんで、私なの……」
荒い呼吸を無理やりに押さえつけ、自問自答を繰り返す私の視界に映るのは、全く動くことのない往来の人々の姿だ。
手をつないで歩く親子も、喧嘩をする酔っ払いも、全ての時が止まった世界。
こんな状況になったのも、私が『主人公』の役目を放棄したせいだというのはわかっている。
「仕方ないじゃない……、私は何もできないんだから」
昔から「無能」だの「凡才」だのと呼ばれ続けた私が、『主人公』などという大層なものに選ばれる理由などどこにあるというのか。
どう考えたって人選ミスとしか言いようがない。
「いっそ、誰かが変わってくれればいいのに……」
しかし、独り言を垂れ流す私を助けてくれる者はいない。
私が逃げ出したこの世界には、私を助けてくれる者なんていない。
この停滞した物語を見ている者なんていない。――はずだった。
「――誰かいるの?」
不意に、どこからともなく私を見ている視線を感じた。
慌てて周囲を見渡すが、誰一人動かない世界は健在だ。
視線など、感じるはずもない。
――でも、もし本当に誰かがいるのなら、
「『主人公』に、なってみませんか?」
――この世界から、逃げ出すチャンスをください。
*
――自分は『主人公』にはなれない。
僕にとって、そんな悲観こそが世界の真理だった。
どれだけ努力を重ねようと、どれだけ一生懸命にやろうと、結局は『主人公』みたいな奴らが全てを持っていってしまう。
だから僕は、頑張ることをやめた。
――どれだけ頑張ろうと、モブに活躍の機会なんて回ってこないのだから。
普通以下になりたくないというだけの思いで平々凡々な日常を過ごし、家と学校を往復するだけの日々を送る。
見飽きるほどに見てきた『誰もが自分の物語の主人公』という車内広告も、僕からすれば戯言としか思えなかった。
「僕も『主人公』だったらよかったのにな……」
そんな僕にも、楽しみが一つだけあった。――ウェブ小説である。
数多の物語を読み、活躍する『主人公』に自分を重ねる。
ときには、聖剣を手に世界を救う勇者に。
またあるときには、魔物の王となる転生者に。
理想的な物語を読む中で、いつしか僕は自分自身が冒険をしているような気分を得ていた。
そしてある日、こう思ったのだ。
「――僕ならもっと、上手くやるのに」
圧倒的な力を持っているにもかかわらず失敗を繰り返す『主人公』がいた。
仲間を守れずに嘆く最強の『主人公』がいた。
『主人公』でありながら、『主人公』らしからぬ失敗をすることが許せなかった。
僕が『主人公』なら、失敗なんかしないのに。
僕が『主人公』なら、仲間を失ったりしないのに。
――そんなことを思っていたある日、奇妙な小説を見つけた。
「これは、なんだろう……?」
投稿サイトの新着小説一覧の中、奇抜なタイトルが並ぶ中でも、なお異色を放つタイトルがそこにはあった。
僕は興味本位で小説情報を眺める。
「『【募集】主人公になってみませんか?』って、これはいったい……うわぁ!?」
と、次の瞬間、僕の見ている目の前であらすじの文章が書き変わっていく。
あまりの不可解な現象に、叫び声と共に椅子ごとひっくり返った僕が再び画面を覗くと、そこには明らかに僕に呼びかける言葉が記されていた。
*
【あらすじ】
そこに誰かいらっしゃるのでしょうか。もしいらっしゃるのであれば、どうか私の話をお聞きください。私はいま、この物語における『主人公』の役割を果たしております。しかし、私の力ではこの物語の『主人公』として相応しい成果を上げることができません。ですから、私はこの物語の『主人公』を辞めたいのです。しかしながら、この物語に『主人公』が欠けることは、すなわち世界の終わりを意味します。世界が終わってしまえばきっとこの世界の住人は……。そこで、一つお願いがあります。いまこの声を聞いてくださっている貴方へのお願いです。
――『主人公』に、なってみませんか?
*
「ちゃんと届いたかな……」
私を見つめる誰かの視線――おそらく、世界の外側から向けられている視線へと言葉を紡いだ。
この声が実際に届いているかどうかはわからない。
ただなんとなく、この声は届いているという予感がある。
「そうは言っても、『主人公』なんてものになりたい人がそうそういるわけ――嘘でしょ……!?」
時間にして数分、変化が起きたのは独り言をつぶやいた直後のことだった。
自分の身体を見れば、魔法の光が全身を包んでいる。
一見すれば異常事態だが、彼女はこれが救いの光だと直感した。
「これで私は『主人公』から解放される……!」
これまで散々自分を振り回してきた称号との別れに、彼女は心の底から歓喜を抱く。
これからは世界を気にせずに、一人で生きていけるのだから。
――光が消えたとき、世界から彼女の姿はなくなっていた。
*
「僕が『主人公』になれる……?」
わけのわからない現象、しかし『主人公』になれるという一文に僕は釘付けにされる。
もし、もしもだ。
もしも本当に自分が『主人公』になれるというのならば、その誘いを断る理由なんてどこにあるのだろう。
「現実じゃあ、どうせ僕は『主人公』じゃないんだもんな」
現実世界で何をやっても、自分より優れた人が大勢いるのは痛いほどわかっている。
でも、別の世界でなら僕だって輝けるかもしれないじゃないか。
「――どこの誰かはわからないけど、いいよ。僕が代わりに『主人公』ってやつをやってやる!」
小説の映された画面に向かい啖呵を切る。
すると直後、謎の光が部屋中を照らし出した。
どうやら、僕が『主人公』になることが認められたらしい。
――きっとこれはチャンスなのだ。だから、
「自分から逃げ出すような奴よりも、もっと上手く『主人公』をやってやる」
――藻部透が異世界へと渡ったのは、その直後のことだった。