僕はただのドラゴントレーナーなんですが!?
ドラゴン牧場のトレーナーであるルイは、猟竜を目指す幼馴染ドラゴンのトレバーと共に猟師探しの旅に出ていた。猟竜は人間の猟師と契約を結ぶことで真の力を発揮するが、幼い頃から一緒のルイとトレバーは契約が無くとも一心同体。魔獣だらけの樹海の旅も共に協力して進んでいく。そんな一人と一頭の関係は親友よりもちょっと親密で、スキンシップの多いトレバーにルイは頭を抱えていた。
そんな旅の途中、ドラゴンを狙う獣人の盗賊団にトレバーが連れ去られてしまう。野生の飛竜と協力して彼女を連れ戻すことに成功するが、そこでルイは自身の魔力が竜に覚醒効果を与えることに気付く。彼はその能力について調べるうちに、人と竜の契約の秘密、ドラゴンを狙う『ビースターズ』という組織の存在を知る。
命を狙われて翻弄されるふたりは、時に背を預け合い、時に衝突しがならも、種族の壁を越えて特別な関係を築いていく。
牧場を発ち、魔獣だらけの樹海に足を踏み入れてから今日で十日が経つ。
僕は猟竜を目指すふわふわなドラゴン――トレバーの小麦色の背に揺られながら、夕陽にふちどられた木々の中で休憩場所を探していた。
「ねえルイ~。今日も街に着かんの?」
「今日には樹海を抜けるはずだったんだけど。明日には着く、はず」
「ルイ……それ、昨日も聞いたんよ」
トレバーは背中の僕をジトっとした目で見つめてくる。
安全のため慎重に旅をしているが、移動も夜間の警戒も彼女に任せきりなのは事実。僕だって早く安全なところで休ませてあげたい。
「まあほら、方角は合ってるから何時かは着くよ?」
「それで納得させられるとは思わんとってよね!」
「……あ、この辺りで野宿にしようか」
「話題の変え方が強引やね」
僕は木が拓けて小さな草原になっている場所でトレバーから降りると、彼女の身体に括ってある荷物を降ろしていく。
「ま、ルイと二人きりの旅やし、私は別に構わんのやけどね!」
「こらトレバーったら、抱きついたら準備できないでしょ」
身軽になったトレバーは隙を見て僕を強めに抱きしめてきた。
モコモコな白と茶色の綿密な毛皮はとても柔らかく、竜の高い体温も相まって非常に気持ちいい……が、今は野営の準備をしなければ。
「えへ、ちょっとくらいいいやろ〜? ルイの匂いって落ち着くんよ。ねえねえ、このままもっと良いコトしようよ♪」
「あーもうほら! 変なこと言ってないでそろそろ離して!」
トレバーは「ごめんごめん」と言って僕を離すが、その尻尾は嬉しそうに振られている。
頭に一対生えた緑色の角が無ければ、まるで身体を大きくした犬のようだ。
「じゃあ、私は薪を集めてくるね~」
「頼んだよトレバー」
僕は夕陽で黄金に輝く彼女を見送ると、早鐘を打つ心臓を深呼吸で落ち着かせる。
最近、トレバーのスキンシップや言動にどこかドキドキしてしまう自分がいる。自分でもどういう心境かいまいちよく分からない。
「何を考えているんだ僕は……。相手はトレバー、ドラゴンだぞ?」
僕は頭を抱えて光を失いつつある琥珀の空を仰ぐ。
こんなこと、少し前まで無かったのにな。
その時、近くの茂みからガサガサとした葉擦れ音が聞こえてきた。
トレバーが向かった方とは逆の方向。そう気づいた時には、僕は背負っていた猟銃を構えて警告の声を上げていた。
「そこに誰かいるのか!」
「た、旅の御方! どうかお助けください!」
茂みから出てきたのは、灰色の狼の獣人だった。
彼女は大きなリュックを抱えて、息を切らして助けを求めてくる。
「ルイ~! どうしたん大声出して! ん、獣人じゃん。どしたの?」
「私、竜に追われてるんです。なんとか逃げているんですが、もう追いつかれそうで……」
「なるほど……トレバー、スキャンをお願い」
「がってんだよ」
トレバーが緑のツノを光らせてスキャンを発動すると、彼女を中心として周囲に白い波紋が広がっていく。
「距離140に大型生物を探知。凄い速度でこっちに向かっとるよ!」
「ここは危険だ。獣人さん、場所を変えましょう。話は後です」
僕は猟銃だけ持ってトレバーに跨ると、獣人さんの手を取って僕の後ろに乗せた。
荷物は後から取りに戻ればいい。相手は竜だ、今は逃げるのが先だろう。
「獣人さんその大きなリュック、置いていけませんか!」
「ごっ、ごめんなさい! これだけは置いていけないんです、他の荷物は全て放棄したんですが……」
「しょうがない、トレバー大丈夫?」
「ちょっと重いけどもう走るね! 竜がすぐそこまで来とるんよ!」
トレバーがそう言うや否や、少し離れたところから怒りの咆哮と共にライトブルーの鱗の飛竜が姿を現した。
予想より早い。なんてスピードだ!
「しっかり掴まっとって!」
トレバーは勢いよく駆け出し、樹海の木々をすり抜けて進んでいく。
だが、背後から追ってくる竜は強引に草木を薙ぎ倒し、少しずつ距離を詰めてきていた。
「トレバー! 急いで!」
「これ以上スピード出せんの!」
僕は片手でトレバーに掴まりつつ竜に猟銃を撃ってみるものの、鱗に弾かれて足止めにもならない。
「こんなときは……!」
僕は猟銃をホルダーに固定し、右手に展開した魔法陣で白色の弾を生成。猟銃のボルトハンドルを引いて素早く排莢と装填を行う。
「す、凄い! こんな状況で創造魔法なんて!」
「トレバー、地形をスキャンしながら走るんだ!」
「がってん!」
僕が猟銃を進行方向へ向け発砲すると、弾は大量の白煙を撒き散らして僕らの視界を奪った。
殆ど視界がゼロの中、平然と樹海を駆けるトレバーに対して、竜の足音はどんどん遠ざかっていく。
やがて空から夕日の残光が消える頃、奴は完全に僕らのことを見失ったようだった。
△ ▽ △
真っ暗な樹海で、焚火の明かりだけが浮かび上がっている。
荷物を回収した僕らは、狼の獣人、ウルフェナさんと共に野宿の準備をしていた。
「ここまでお世話になり、本当に感謝します」
薪を割って運んできたウルフェナさんは、礼儀正しく頭を下げる。
その姿は服を着た狼そのもので、喋って二本足で立つ以外では動物と見分けがつかない。
「困ったときはお互い様ですよ。それと荷物ですが、テントに纏めておきましょうか?」
「あ、いえ……私のは外で大丈夫ですよ」
ウルフェナさんは気を遣ったのか、大きなリュックを近くの木に隠すように置いた。
話によると、彼女は樹海の魔獣調査隊から逸れた後、うっかり竜の縄張りに侵入してああなったそうだ。
あの荷物、置いていけないほどのものが入っているはずなのに、大丈夫だろうか。
僕は少し疑問に思ったが、ひとまず先に干し肉のスープを木の器に注ぎ分け、トレバーたちに差し出した。
「どうぞ。温まりますよ」
「ありがとうございます」
「いただきます! ……あれ、ルイ。味がいつもとちょっと違う気がするんやけど」
スープを飲んだトレバーは首を傾げ、僕に木の器を渡してくる。
意図を察した僕はそれに少し口を付けてみるが、いつもと変わらない味だった。
「うーん、気のせいじゃない? ウルフェナさんが手伝ってたけど、材料も変わらないし」
「そうなんかな。まあいいや、ルイと間接キスできたし!」
「……もしかして嵌めたなトレバー?」
「えへ、まさかあ、偶然だよ~」
トレバーはにやにやしながら僕から器を取り上げ、残りのスープを飲み干してしまう。
僕はどこか恥ずかしくなって彼女から顔を逸らした。
「ふふ、お二人はとても仲がよろしいのですね。樹海を旅する理由を伺っても?」
「えっと、僕らは街を目指しているんです。猟竜のトレバーを引き取ってくれる猟師を探していまして」
僕がそう答えると、ウルフェナさんは三角の耳をピンと立てて驚いた。
「ルイさんは猟師ではないのですか? 先ほどの猟竜との連携や魔法、契約無しとは思えないのですが……」
「僕はただのトレーナーですよ。トレバーとは契約も交わしていません。ただ、この樹海で生きるには少しは力が必要なので特訓したんです」
「少し……? な、なるほど」
ウルフェナさんは何か言いたげだったが、無理やり納得したように頷いていた。
契約を交わすと人は竜の力を借りることができる。猟師は猟竜とそれを交わすことで、共に魔獣から人々を守る仕事をしているのだ。
それで、僕はただのトレーナー。猟竜を成竜になるまで育て、猟師に引き渡すのが役目だ。
「ちなみに私はルイとならいつでも契約を交わしてもいいけんね?」
「トレバー、仮に交わすとしても、竜結石が無いと無理でしょ」
「じゃあ竜結晶が見つかったら一緒になってくれるんやね♪」
「言ってないから! 仮の話だって!」
トレバーはまた楽しそうに笑って、ふわふわの身体を僕に摺り寄せてくる。
まったくもう、トレバーったら……。
「グルガアァァ!!」
その時、暗闇に落ちた樹海に竜の咆哮が響き渡る。
「まさか、昼間の飛竜だ! トレバー、スキャンを!」
「あ、あれ、待って……」
僕は猟銃で周囲を警戒しながら立ち上がると、トレバーに指示を出した。
しかし何故か彼女の反応は鈍く、ふらふらと姿勢も安定していない。
「え、どうしたのトレバー!? しっかりして!」
「なにこれ。からだが……」
バランスを崩して倒れるトレバーに、僕は慌てて駆け寄った。
彼女の手から空の器が転げ落ち、力の抜けた彼女は立ち上がることすらできない。
ただの立ち眩みにしては様子が変だ。まるで酔っているような――
「まったく、咄嗟にしてはあたしも良い演技ができただろう?」
僕は息を呑んで顔を上げる。
そこにあったのは、不敵な笑みを浮かべて僕に短剣を向けるウルフェナの姿だった。
「利用するだけのつもりだったが、ここまで無警戒とはね。悪いけど猟竜は貰っていくよ。竜の卵なんかよりずっと高価で売れるからね」
「トレバーに何を、うっ!?」
その時、ぐらりと視界が歪み、気が付けば僕も地面に倒れていた。
起き上がろうにも、身体を上手く動かすことが出来ない。
「スープにドラゴン用の酔い薬を混ぜておいたのさ。人間なら一口でも効くだろう? そこでしばらくおネンネしておきな、間抜けなドラゴントレーナーくん」





