隠し事
「ピンポーン」
待ち望んだインターホンが鳴った。
「ほ、本当に来たのか…」
湊はゆっくりと受話器をとった。
映像が映ると、大きなスーツケースを持った芽衣がカメラを覗いていた。
「もしもーし。来たよ!」
「はいはい」
湊は鍵のマークが描かれたボタンを押した。
数分後、今度は家の前のインターホンが鳴った。
湊は少し早歩きで玄関に向かい、扉を開けた。
目の前には黄色いチェック柄のワンピースの上からボレロを羽織ったいつになく大人らしい雰囲気の芽衣がいた。
「お邪魔しまーす」
芽衣は重そうなスーツケースを持ち上げ、部屋に入った。
「運ぼうか?」
「うん。でもその前にスーツケースのタイヤを拭かなきゃ」
「あ、ああ」
湊は急いでテレビの脇に置いてある、ウェットティッシュを袋ごと持って来た。
「ありがと」
四輪のタイヤを拭いたのを見届けると、湊はスーツケースを持ち上げた。
大きさのわりに案外軽いというのが率直な感想だった。
「ねぇ、ちゃんとご飯食べた?」
いつのまに靴を脱ぎ、湊の後ろをついていた芽衣が尋ねた。
「いや」
「ダメじゃない、ちゃんと食べなきゃ。育ち盛りでしょ」
「母さんみたいなこと言うなよ」
「そーいや私、湊んち来るの久しぶりだな」
それもそのはず。湊は自分に彼女がいることを母親に知らせていなかったので、彼女を部屋に呼ぶのは母親が長い間家を留守にするときぐらいだ。毎月祖母の看病しに行くとしてもいつもなら金曜日に出かけて土曜日の早くには帰ってくる。母親に鉢合わせするといけないので、大抵は外で過ごしていた。おそらく名がここを訪ねるのはこれで三度目だろう。
二人でリビングに入ると、芽衣は辺りを見渡した。
「ああ、そういやみんなで俺んちで遊びに来た以来だな」
「ねえ、まだ親に私たち付き合ってるって言ってないの?」
「ああ」
「何で? 恥ずかしいの? そう言うお年頃なの? 反抗期? 私のこと嫌いなの?」
「うるさいな。気分だよ、気分」
「ま、いいや。ここでいっぱい証拠残してけば、いやでも見つかるだろうし」
芽衣はニヤリと笑みを浮かべた。
「おい、それよりこんなに荷物持って本当に泊まる気か?」
「そうだよ。もう親に言っちゃったし。彼氏と同棲して来るって」
「え、まじか!」
湊は驚いて芽衣の方を振り向いた。
「冗談よ、友達んちに泊まって来るって言っただけ」
湊はフーと肩をなでおろした。
「でも、性別は言ってこなかったけどね」
「な!」
「何でそんなに驚くのよ。そんなに私たちの関係を知られるのが嫌なの?」
「いや、別に…」
湊は芽衣から視線をずらした。
「学校ではあんなに積極的なのに」
「せっ、積極的じゃないだろ」
「でも親の前では純粋ないい子でいるってわけね」
「…」
湊は黙り込んでしまった。
「ま、それよりもうお昼だし、ご飯作ろうか」
「あ、ああ。よろしく…おねがします」