自殺
気がつくと病院には湊一人になっていた。大量の点滴やらガーゼやら包帯やらを置いて全員出て行ってしまった。
もちろん医師たちは彼を連れて行こうとしたが、彼の光を完全に失ってしまった目に圧倒されてしまった。
ガスも電気も止まったこのくらい部屋。今見えるのはカーテンを全開に開けた窓の外に見える満月。
そしてそのたもとからこちらに向かってゆらゆらと伸びる一筋の光り輝く道。
“こんな景色を…いや。もうよそう。あれだけ自分を憎んだんだ、最後ぐらい自分の人生を振り返ろう。”
“なぜだろう生きる気力を失ってしまった。芽衣が俺の命をこの世につなぎとめる楔だったのだろうか。みんなは自分の命のために逃げたが、今の俺は逃げる必要もない。これが自分の選んだ道だ。”
“なぜだろうまだお母さんもお父さんも生きているはずなのになぜか自分は生きたいと思えない。なぜか自分を育ててくれた両親より芽衣を思ってしまう。”
“これが恋なのか。ならば恋は残酷だ。強い絆を生む代わり、一度切れれば一気に崩落する。俺が死ねば多くの人が悲しむのは分かっている。しかしそれ以上に俺は今この世にいることこそが虚しくて悲しいのだ。”
“自殺は人殺しと一緒とよく言われるが、その通りだと思う。自分が死ねば、自分の死を悲しんでくれる人がいる。その人たちが懸命に私の死の理由を追求する。そして必ず私を死へと追い込んだ当事者を見つける。自分の死を悲しんでくれる人は憎しみを込めてその当事者を非難する。
情報化社会の今、些細な出来事も瞬く間に広がる。もしその出来事を誰かが世間に公表すれば、それに便乗するように何も知らないじゃじゃ馬も彼らを非難する。
非難を浴び続けた彼らの精神はやがて崩れ落ち、そしてその非難の嵐から解放されようと逃げる。それが遠い異国かはたまた異界か。
もし異界だった場合、彼らが異界へ去って行った原因を突き止めようとする者たちが現れ、また誰かが非難の対象となる。その繰り返し。止まることのない連鎖だ。そう思った時、人の死を悲しむことはあっても憎むことはしていけないと思った。ましてやその憎しみを晴らそうと人を殺めるなんてことはあってはならない。それをしたところで、被害者が戻ることも、ましてや彼らが喜んでくれるとも思えない。だがそんな綺麗事、今の俺には通じない。俺はすでに一人殺した。何より、自分が死んだところで悲しむ人はいるとしても、憎しみをぶつける相手は自然だ。これ以上死が連鎖することはない。”
動かない体の代わりに、脳を目一杯使って至った結論だった。
時は流れた。暗く静かになった世界で一人、死んだ目だけを動かし、外を見た。
“水が迫ってくる。そうかあれが芽衣の元へ導いてくれるのか。”
“苦しい? 構わない。芽衣ともう一度会えればどんな苦難も乗り越えてみせよう。”
“死ぬのが怖い? いや、芽衣のいない世界でのうのうと生きて行くほうが怖い。”
“来い。早く来い。俺をこの堪え難い苦しみから早く解放してくれ。俺を芽衣の元へ連れてゆけ!”
これにて、『天災・愛別離苦』は完結しました。いかがでしたか。あなたの選んだ道、その先にあったのは湊と芽衣、二人別々の死。その後、彼らが無事再び一緒になれたのか。それは現世にいる私たちにはわかりかねます。
もしよかったら、他のシリーズも見て行ってください。
あとがきにつきましては残りのシリーズが全て終わってから書こうと思います。
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。