脱出
「地震だ!」
「し、しかも昨日よりも大きい。うわぁ!」
流石に二人で仲良く寝ているところを見られたくないと思い、自分たちが寝床にしていた音楽室に戻って寝る準備をしていると立っていられないほどの大地震が起こった。
昨日と比べると縦揺れも横揺れも明らかに大きく、大の大人でも立っていられないほどだった。
窓ガラスが次々と割れる音がして、続いて重い戸棚や机が傾いている方向へと流されて行った。時には踏ん張れない小柄な人も傾いている方向へ引き寄せられ、テーブルや壁などに頭や背中を激しくぶつけていた。
湊は片方の手で半開きにした扉の端に捕まりながら、もう片方の手で芽衣を抱きしめていた。
すると、突然ミシミシというアスファルトが砕ける音がした。
続くようにして壁や天井に亀裂が入り始めた。
「や、やばい学校が崩れる」
「い、急いで避難するぞ!」
叫ぶ声が学校の崩れる音の中で轟いた。
学校に残っていた三十人余りが出口を求めて一斉に走り出した。
しかし一度でも建物に亀裂が入れば、建物全体のバランスが崩れるのは目に見えていた。
どんどんと天井から瓦礫が降って来た。
ある人たちは近くの割れた窓ガラスから走って外に脱出したり、またある人たちは頭を抱えながら、近くの出口を求めて走り回っていた。
音楽室は一つも窓ガラスが割れていなかったので、湊が芽衣の手を引っ張りながら、教室の外へ出た。
「湊、私たちも窓から出ようよ」
「ダメだ。天井が崩れている中で窓をむやみに開けると、ガラスが飛び散るかもしれない。それにここは二階だぞ。大丈夫。非常口はすぐそこだ」
湊は芽衣を連れて全速力で非常口に向かった。
電気がつかず暗い中でも、瓦礫が散乱し砂埃が待っていても、非常口の緑色のマークだけはすぐに目に入った。
しかし、非常口の扉をいくらひねっても扉は開かなかった。
「クソ、地震で歪んだのか」
「ど、どうしよう」
「こうなったら本当に窓から飛び降りるしかないな」
突然破裂音が聞こえた。
「何!」
芽衣が両耳をとっさに塞ぎ、その場に跪いた。
二階の奥の部屋から火が上がった。
「うわぁああ!」
火だるまになりながら廊下に飛び出てくる人物が数人見えた。
それを追うように火が床を這いつくばりながら、火を消そうとも額人物たちに迫っていた。
「あ、あそこは…淳!」
湊の呼び声に答えることなくその人物たちは次々に倒れて、あっという間に火の海に飲まれていった。
火はまるで自我を持っているかのように周りからどんどんと侵食し、湊たちの方に迫った。
「クソ、芽衣。とにかく近くの窓から」
火が上がった歪んだ校舎をもう長くはもたないと感じた湊は再び全速力で近くの窓のついている教室へ入り、火の侵入を防ぐべくして扉を閉めた。
そこは理科室だった。
すると二人に迫るように教室を支えていた大きな柱が二人に向かって落ちて来た。
二人はそれをギリギリで躱すが、大きな柱が壊れた影響でその部屋の天井が迫って来た。
「やばい、天井が落ちてくる」
途端に出ようと思っていた窓ガラスが上からの重みで完全に潰されてしまった。
「どうしよう、出口が。もう廊下にも戻れないよ」
後ろの扉の窓を見るとすでに廊下全体が火に包まれていた。
煙も徐々に扉の隙間から入ってきた。
教室の中まで火が来るのも時間の問題だった。
湊は焦った。
その時彼の目に映ったものそれは…
「あれだ。あそこはたしか外のパイプにつながって出られるはずだ」
天井の重みで枠が外れた通気口だった。そこはわずかに人が一人入れるぐらいの隙間があった。
「先に行け。こういう時は守られるべきやつが先に行くんだ」
湊は芽衣を通気口に押し込み、自分も飛び込んだ。
暗闇の中、四つん這いになってひたすら前ヘ進んだ。
真っ暗であったがそれが外に続いていることを知っていた湊は少なからず安心した。
手探りで進んで行くと真下に降りる穴があった。
「ちょっと降りるんだね」
「ああ、ここが一階になってるんだ」
しかし飛び降りるほどの深さはなく足を伸ばせば余裕で地面に触れる程度だった。
二人は一歩一歩手探りで慎重に進んでいたが、突然目の前が煙に包まれ、二人は咳き込んだ。
「や、やばい。早く外に出ないと。きっと火事の煙がどっからか入って来たんだ。一階のどこかも火事になって煙がこの通気口から上へ上へと行ってるんだ。早く抜け出さないと窒息しちまう」
湊はポケットに入っていたハンカチを取り出した。
「芽衣、前にいてて大丈夫か。なるべく煙を吸わないようにしろ」
「う、うん」
二人は先ほどよりも早く進んだ。
「二階の火事は多分カセットボンベが爆発したんだ。多分一階も同じ…」
湊は固まった。
「待て! 芽衣、行くな!」
「え…」
芽衣が暗闇の中で振り向いたのが一瞬見えたかと思うと、大きな破裂音とともに目の前が真っ赤に染まった…