去っていくもの
「はい。皆さん大変お待たせいたしました。では第二班の皆さま出発いたします。雨などの影響で二時間も遅れてしまい申し訳ありません。最後の班は夜の移動は危険と判断いたしまして明日の朝となります。それでは皆さんごゆっくりお休みください」
そう言った後、学校の職員数名に連れられて、およそ三十名が学校を出ていった。
「雨のせいで遅れたのかな」
芽衣は窓のそばまで行き、心配そうに列をなして歩き去っていく人たちを見た。
「多分そうだろ。停電中の今、太陽が出ないと避難するのは危ないからな」
湊も名のそばに近寄った。
「大丈夫かな。子供たち」
列の中にはたくさんの小学生ぐらいの子供たちがいた。
「夜になったら不安で泣いちゃうかも」
湊はそう言って目が潤んだ芽衣を見て、そこまで感情移入ができるのかと少し驚いた。
「でも、俺たちが言ったところどうしようもない」
湊は精一杯芽衣を失望させない言葉を選んだ。
芽衣が湊の腕に抱きついた。
湊は無言で名の頭を撫でることしかできなかった。
「おい、俺たちは明日の朝だ。だから今日はゆっくりできそうだな」
芽衣の心情も知らずに淳が後ろから話しかけてきた。
その言葉で我に返ったのか芽衣は一瞬で笑顔を淳に向けた。
「私たちの班は何人ぐらいいるんだろう?」
「さあ、ざっと見た感じ三十人ぐらいじゃないか」
「いや〜それにしても早くこんな生活とはおさらばして風呂に入りてえな」
言われてみると、この学校に来てから約三日間、風呂どころかシャワーも浴びてない。
「そうだね、私ももう髪が…」
そう言った芽衣を見て、湊も自分の頭を触った。
普段の自分の髪質と違った。なんというか湿っていた。雨で濡れた感触ではなく、もう少し濃度の高い液体を被った感じで、髪の毛一本一本が張り付いている感じがした。これが油脂というものなのかと実感した。
「体もせめて拭きたいよね」
「そうだよな。服も洗いてぇし」
二人の言うように体からも”油脂”なのか汗のような者で衣服と皮膚が張り付いていた。
正直よく今までこの状態で寝られてたなと湊は感心してしまった。
「銭湯、って言ってもやってるわけないよな」
「私、銭湯って行ったことない。湊はある?」
「いや、俺もない」
「温泉みたいなもんだろ。ああ、温泉って聞くとコーヒー牛乳飲みたくなって来ちまった」
淳はその場で少し地団駄を踏んだ。
「ねえ、湊今度探して行ってみようよ」
「え?」
「銭湯」
その言葉で湊はふと、芽衣が避難するの前の日に自分の家に泊まりに来ていたのを思い出した。
「お、お誘いか? よかったな湊」
茶化す淳を見て、我に返った湊は再びクールに振る舞った。
「…」
しかし言い返す言葉が見つからなかった。
「まあ停電中の今、夜遅くまで起きてたら不便だから今のうちに夕食にするか」
淳がそう言って親指で後ろを指差した。そこには階段がある。二階のいつもの教室に案内するよという意味だろう。
「またご馳走になります」
「お、お前が俺に敬語使うなんてな」
淳がそう言って軽く頭を背げている湊の方をポンポンと叩いた。
「まあ、これはお前の両親に対する感謝だ」
「おうおう、お前も被災者になってようやく俺を尊敬するようになったな」
「いや、別にお前に尊敬はしてない」
湊はきっぱりと言い切って、淳を抜き去った。
「そう照れるなって。感謝の言葉は人を幸せにするんだろ」
「話が逸れてないか」
「まあまあ、細かいことは気にせず行くぞ!」
淳に連れられて、湊と芽衣は再び淳の母親の手料理をいただいた。