日本列島水没の危機
「ん…」
「いてっ!」
湊は何かが頭に当たって、目が覚めた。
目をぼんやりと開けて見ると、自分の目の前に人の手があった。
「本当に寝ちまったのか…」
芽衣はススーと小さないびきをかいていた。
「かわい、いな」
湊は思わずそう口走り、自分の頭に乗っかっていた手を芽衣の胸のあたりに置いた。
湊はそーっと部屋を抜け出すと、リビングへ行き、テレビをつけた。
—富士山噴火の影響で昨日の午後二時過ぎ大きな地震が起こりました。この影響による津波の心配はありませんでしたが、海面が約50センチほど上昇したということです。その後の気象庁の調べでは、この地震は今後も立て続けに起こるということです。また、その度に海面もどんどんと上昇するのではないかという見解を示しています。今後どうなるのか、専門家の方にお聞きします。政治ジャーナリストの屋代秀樹さんと日本の地震に詳しい白畝大学教授の赤羽敬人先生です。よろしくお願いします。まず屋代さんにお聞きしたいのですが、今後の政府の行動について教えていただきたいのですがー
アナウンサーの表情はいつになく真剣であった。
カメラが切り替わり白髪混じりの髪をワックスで固めた五十代の男性が映された。
—えー今日午前十時ごろに総理大臣が専門家を集めて会議をして、今後のことを決めていくようなので、詳しくはわかりませんが、恐らく主に海に面している県の避難勧告が出されると予想されますー
—避難勧告が出されるとー
—そうですね。このまま海面が上昇すれば水没する地域も出てくると思いますので早急に手を打たなければなりません。そこで課題となるのが避難場所の確保と交通整理ですね。海に面している県内に住んでいる人が一斉に動けば、交通機関が止まってしまいます。そこでハザードマップなどを使い、水没地域に優先順位をつけるなどして工夫しないといけないと思います。それとこれはのちに影響すると思うのですが、食料の確保であったり経済へのダメージなども問題になってくると思いますー
—なるほど。では次に赤羽先生にも聞いて行きたいと思います。先生、この海面が上昇する現象は一体どういったものなのでしょうか?—
今度は眼鏡を掛けた、いかにもインテリ風な四十代がらみの男性が映された。
—はい。そもそもこの地震という現象はプレート同士がぶつかり合ったり、沈んだり隆起したりすることによるひずみ、つまり歪みが徐々に蓄積されていき、ある一定の量を超えるとその蓄積された歪みが元の形に戻る現象のことですー
アナウンサーが静かに相打ちを打った。
—そして昨日の未明に起きた富士山の噴火というのも、同じような原理で起こったと考えられております。噴火の場合は度重なる地震によって山の地盤がどんどん隆起していって、その度にその空間にマグマがたまります。すると、今度は山全体がマグマによって膨張します。膨張するということは表面の層が薄くなるということですから、中に閉じ込められたマグマから発せられた熱やガスが漏れ出てきます。火山というのは下からの圧力が強いので溜まったマグマがどんどんと山頂近くに移動します。その部分がやがてマグマの上がる力に耐えきれず、爆発します。それと同時に今まで溜まっていたエネルギーが放出されて、噴火となるのですー
—なるほどー
—特に今回の噴火は1700年代に起こりました宝永大噴火という噴火以来のことです。その後日本ではなんども地震が起きて、その度に富士山はエネルギーを蓄積していたわけです。つまり今回の噴火では約300年分のエネルギーが放出されたことになります−
—300年ー
アナウンサーと同じようにテレビを見ていた湊にもその膨大な年月に驚きを隠せなかった。
—はい。そして今回の噴火は今言いましたようにとてつもなく大きなものでした。そのせいで恐らくですが、地表ではなく、地中奥深くに膨大な圧力がかかったと思います。通常の噴火であれば、地表に負担がかかりそれが引き金となって地震が起こりますが、今回の噴火では地表のプレートではなくマントルや核に何かしらの変化が起こったと見られ、そのせいで今後は地震が起こる頻度というものが多くなったと見られますー
—はあー
アナウンサーは曖昧な返事をした。
湊もアナウンサーと同じ気持ちであった。与えられた情報を的確に処理できずにいたのだ。
—そしてそのマントルか核の変化によって、恐らくですが、地震を起こしたとしても岩盤の歪みが元の状態に戻りにくくなったと思われます。そのため徐々にですが、地盤が沈み込んで行き、結果として海面の上昇が見られるということですー
—な、なるほどー
—さらに付け加えるとですね、今後地震が起きるたびにマントルや核に余計に負荷がかかってしまい、そこでも地盤が沈み込むのではないかと予測されますー
画面がパネルを持ったアナウンサーに切り替わった。
—はい。先生が今おっしゃったことを整理しますと、まず300年間蓄積されたエネルギーが昨日未明の富士山の噴火によって放出されました。通常であれば噴火によるエネルギーは岩盤に今度は蓄積され、それは地震となって放出されます。しかし今回の場合、噴火があまりに大きかったため岩盤ではなくそのさらに奥のマントルに到達しましたと。そのせいでマントルか核に何かしらの変化が起こり、岩盤に蓄積された歪みというものが地震を起こしても元に戻らなくなったと。その結果地震頻度というのも多くなったということです。しかしそれだけでは止まらず、その多くなった地震一つ一つがマントルにより負荷がかかりやすくなり、そのせいで余計に地盤が沈み込み、海面もその度に上昇してしまうということです。先生、これは大変なことですねー
—はい。しかしこれはあくまで推測であって実際はどうなっているのかっていうのはまだわかりませんが、最悪日本列島の大半が沈むということも視野に入れなければいけないと個人的には思います。そのため政府は早急に手を打たなければなりませんー
「やばそうだな。ま、とにかく買い出しにでも言ってくるか」
しかしこの時湊はまだ知らなかった。彼の考えがこんなにも浅はかだったことに。
そしてそれと同時に日本中で人を人として縛る鎖が徐々に解かれつつあることにこの時はまだ誰も気づいていなかった…