《92..シロマルとコテツ》
「「「すみませんでした!!!!」」」
並み居る冒険者達が正座で謝罪している。
中にはギルドマスターであるコテツ、『疾風の牙』シロマル、『氷の女帝』アサリ、それにチャコ、『紫電来豪』の面々の姿もあった。
それに混じって、俺 (ハルノモード)も正座している。
買い物ついでにたまたま寄って、一方的に絡まれて巻き込まれただけなのに、どうにも釈然としないのだが……。
ある意味、被害者よ?俺……(泣)
謝罪の相手は、勿論、受付嬢のオチヨさんである。
「貴方達……いい大人が何をやってるのですか!? ここはギルド内ですよ!!?
ギルド内での争い事は御法度ではありませんでしたか!!? 特に、アナタ!!!
トップのアナタが率先して騒ぎを起こすなんて、何事ですか!!!」
「……いや、ほんと申し訳ない」
「全く……!!しっかりなさって下さい!!これでは先代に顔向け出来ませんよ!?……アナタ!!シロマル君!!」
「はい。」
「………。」
オチヨの叱咤に項垂れるコテツと、ジッと地面を見据えるシロマル。
「――――さ、もう日が落ちてきていますし、このまま今日は解散しましょう。」
パンパン、と手を叩き、オチヨさんは散った散ったぁ、という仕草で冒険者達に解散を命じ、一斉に野次馬の冒険者は誰もいなくなっていった。
そんな中、シロマルは立ち去ろうとするコテツに歩みより、説教中きつく結んでいた口を開く。
「……コテツぅ。親父の墓標は何処だ……?」
少しだけ二人の視線が交差し、コテツは先に視線を落として軽く息を吐くと、小さく応える。
「……ギルドの裏から……暫く丘を上がった高台に咲く桜の木の下……だ。」
「……………そうか。」
シロマルはその一言だけを告げると、踵を返してギルドの裏口から出ていく。その後をアサリとチャコが追いかける。
「……アナタ。」
「……あぁ、わかってるよ。とっくに先代は……アイツを許していた。
ただね、これは……けじめなんだ。
俺と……アイツの……ね。」
▽
▽
日も沈み、星が散りばめられた空。
夜に咲く満開の桜の木の下に佇む小さな墓標の前で、男は1人、夕暮れ時からずっと胡座をかいて座り続けていた。
時折吹く夜風が桜の花弁を舞い上げて、男の周囲を悪戯の様にちらつかせ、そしてそのままどこか遠くへ運んでいく。
ふわりと揺れる、白いリーゼントと……白い特攻服。
「……頭……。」
遠くから見守るチャコが歩み寄ろうとする。しかし、それをアサリは抑え、顔を左右に振り静止する。
シロマルはかつて、先代……父を師と仰ぎ、同門の兄弟弟子コテツと共に修行に明け暮れていた。
二人は実力は拮抗していた。シロマルは負けず嫌いな性格であった事もあり、何かにしろ事ある毎にコテツに突っ掛かり、衝突していた。
コイツにだけは負けたくないという思い。
(俺は偉大なるギルドマスターの嫡子なのだ。同世代の、しかも同期のコイツには負けるわけにはいかない。俺はマスターの後継ぎとして、誰よりも強くなければならないのだ。)
………そう自分に言い聞かせてきた。
だが、シロマルがコテツに対抗心を燃やしてしまう理由は、それだけではなかった。何故か、コテツを見ていると、心がモヤモヤする。そのモヤモヤが何なのかがわからず、苛々していたせいもあったのかもしれない。
そんなある日。
あの日もこんな月夜の晩で、今宵の様に夜桜が舞う夜であった。
豪快な性格であった先代らしく、雑に敷かれたゴザに、乱雑に並べられた酒の肴。そして、先代の向かいには成人した俺達二人の姿があった。
先代は二人に盃を握らせ、とっておきの酒『寄添ノ月』を注ぐ。
『寄添ノ月』……シロマルの亡き母が先代に贈った希少な幻の酒の銘柄である。いつ、いかなる時も、夜を照らす月の様にあなたの道を照らし導きましょう……という思うが込められた亡き母が最期に先代に贈った酒であった。
そして、嫌な予感を感じたシロマルだったが、その予感は的中する。
先代は後継ぎとして選び告げたのは、実の息子の自分では無く、ずっと対抗してきた……コテツだったのだ。
だが、本当は気付いていた。ギルドマスターとして相応しいのは……強さも、優しさも、人望も持ち合わせた、コテツには敵わない……と。それ故に、いや、だからこそ認めたくなかった。それが自分をモヤモヤとさせる原因だった事を。
……嫉妬している、自分を。
だが、コテツの口から出た言葉は意外なものだった。
奴の口から出た言葉。
『ギルドマスターに相応しいのは自分ではない。熱い先代の思いを後世に引き継いでいけるのは、先代の息子であるシロマル以外にはいない』
……と告げたのだ。その言葉に他意は無く、純粋なコテツの思いである事は、シロマルだからこそわかってしまった。
コイツはこういう奴なんだ。だからこそ俺は……!!!!
気付いた時にはシロマルは駆け出していた……いや、その場から逃げ出していたのだった。
無情にも砕け散った『寄添ノ月』。
土に返った亡き母の最期の酒……先代の宝であった酒は……二度と盃へ戻る事は無かった。
それから……風の噂で先代……親父が亡くなったと知ったのは、シロマルが逃げ出した一月後の事であった――――
「……親父。長い事、待たせちまったな。
今更と思われるかもしれねぇ。罪滅ぼしにさえならねぇかもしれねぇ。
ただ、コイツを手に入れるのに、ちぃとばかし時間がかかっちまった。」
シロマルはドンッ、と一升瓶を墓前に置く。
その銘柄は―――――『寄添ノ月』。
その製造を知る唯一の名人が亡くなり、その製造方法が失われ『幻の希少酒』筆頭となっていた至宝の酒。
シロマルはその『至宝』を求め長年、世界を駆け回り探し回った。
もう何年経ったかわからない。もう世界の何処にも存在していないのかもしれない。それでもシロマルは諦めなかった。諦められなかった。
親父は実の息子ではなくコテツを選ぶ事が、どれだけ辛かっただろう。苦渋の決断であった事など、容易に想像出来た事だ。どれだけ辛い思いを抱え、亡くなったのだろう。
謝りたくても、もう親父は……いない。
「親父。あんたの決断は、間違っちゃいなかったぜ。アイツが引き継いだギルドはスゲェぜ?王国で一番でけぇギルドだ。世界中を見てきたからわかる。そして、アイツのギルドには、これまたスゲェ奴等がゴロゴロ集まってやがった。あぁ、俺には出来ねぇよ。アイツは……コテツは……スゲェ奴だ。この俺が……あんたの息子の俺が言うんだから間違いねぇ。あのギルドは、まだまだデカくなる。
アイツがいる限り……な。」
コテツは3つの盃を墓前に置くと、それぞれに手にした『寄添ノ月』を注ぐ。
「もう昔には戻れねぇ。だが、これからの未来はまだいくらでも作っていける。生きている限りは……いくらでもやり直せる。
親父……許してくれとは言わねぇ。ただ、どうかアイツを、あのギルドを見守ってやっちゃーくれねーか。この……月の様に……な。」
再び風が吹き、シロマルを撫でていく。
その頬には光るものがあったが、夜の暗さがそっと隠していた。
「………今更か。もう遅いかもしれねーが……な」
シロマルは再び立ち去ろうと……腰を上げかける。
「……いや、まだ遅くはないさ。」
「―――――ッッ!!!? テメェ………!!!!」
いつの間にか隣に男がいた。
男はシロマルの隣にドッカと座り、墓前の盃を1つ手にした。
「チッ……テメェ、いつから居やがった………コテツ。」
シロマルは軽く舌を鳴らし、同じくドッカと座り直す。
「まぁ、割りと前から……かな☆
先代は言ってたよ。お前を後継ぎに選ばなかったのは、『自由に生きるお前らしく、ギルドマスターという足枷を付けずに自由に生きてほしかった』………ってな☆不器用な先代らしいわ、ははっ」
「………なっっ………!!?」
……そうか……親父は……全部知ってたんだな。
……チッ……不器用にも程があるぜ……。だが、やっぱ俺はまだまだアンタには勝てねぇわ、親父。まだまだだ、俺は。
まだまだ、デカくなるぜ、俺は!!
アンタがくれた、この、自由に賭けて……な!!!
「………ま、せっかく久しぶりに3人揃ったんだ。」
「………あぁ、そうだな。あの日の続き……始めようぜ。」
なぁ………親父。 乾杯。
暖かく柔らかな月が照らす夜桜は……風が優しく花弁を舞い上がらせ、二人の男の影を祝福していた―――――。