《46..特別カリキュラム④》
ここは森林公園でも更に木々が多く茂る再奥。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………。」
聖女モッチャンが両手両膝を突いて、身体中の空気という空気を吐き出してしまうのではないか…と思わせる、ありえないくらいの溜め息を吐いていた。
(何故!? 何故なんですの!? わたくしはハリー様との甘い一時を過ごせると思ったからこそ、ギルドマスター様の御誘いを受けさせて頂いたはずですのに……これは完全な読み外れでしたわ………)
聖女の頬を尋常ではない汗が流れていく。
「……あのぅ……その、なんだ。………姉ちゃん?」
モスケが、事情を読み取れず、頬をポリポリ掻きながら恐る恐る声をかける。
「どうして、どうしてハリー様じゃなくて貴方なのぉぉぉ、あんまりですわぁぁぁぁ!
神官なんて、所詮は聖女の劣化版じゃありませんのぉぉぉぉぉ」
あ、これガチで凹むわぁ……と、モスケは思った。
神職の加護にあたる『神官』は、回復魔法や治療魔法、防御障壁展開にサポート魔法、そして最も得意とするのは神聖魔法だ。
その中でも最上位の加護に『大神官』『聖母』『聖女』が存在する。
モスケの加護『神官』は、その下位にあたる為、あながち間違いではないのだが……モスケのハートは繊細だった。
しかし、勘の鋭いモスケは、あるワードを聞き逃さなかった。
……あれ?待てよ?今、姉ちゃん何て???確か……
「……まさか、姉ちゃん。兄貴の事が好―――――」
ドパァァァァァァァァン――――――!!!!
モスケの横に立っていた樹木が破壊音と共に崩壊し、粉々に消し飛んだ。
その破壊音を生んだと思われる実姉の右拳がモスケの右頬間近に延びていた。
ただ、その腕の裾から見える姉の顔は真っ赤に染まっていた。しかも大量の汗が顔中に流れている。
逆にモスケの顔は血の気が引き、別の意味で大量の汗が顔中に流れている。
「………何故……」
「………は?」
「何故、わたくしがハリー様をお慕いしている事を知っていますの……?」
「え?姉ちゃん、さっき自分で口にしてたけど……」
マジか、この天然テンパリ女……
つか、姉ちゃん……こんなキャラだったっけ? 確か、我が姉ながら、もっとおしとやかで清楚で……それでいて高貴なキャラだったような……
「いやぁぁぁぁぁ!!!モスケぇぇぇぇぇぇ、内緒にしておいてくださいましぃぃぃぃ!!わたくし、この気持ちがハリー様にバレたら………恥ずかしくて死んでしまいますわぁぁぁぁ!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁ寒い!!寒いって!!姉ちゃぁぁぁぁん!!!」
取り乱す聖女を中心に周囲にみるみる冷気が広がり、凍り付いていく。
姉は産まれながらの特異体質で、恩恵を2つ所持している。1つは『神聖』そしてもう1つは『氷』である。
モスケも小さい頃、姉から何度この氷によるイタズラを仕掛けられた事か……。
飛び込んだ風呂が氷付けにされていて尻を強打したり……
部屋の扉を出たすぐの床が凍らせられていて滑り転けたり……
床に置いてある玩具箱を持ち上げようとしたら箱と床を氷でくっ付けられてて腰をギクリといわせたり……
……あれ?考えたら俺、昔からろくな事されてなくね?
姉ちゃん、聖女だよね?清楚可憐と吟われる聖女様だよね??あれぇ???
「わかった!わかったから姉ちゃん、一旦落ち着こう!?
ほら、俺も姉ちゃんが上手くいくように手助けするから、氷を引っ込めて!?な??」
「ほんと!?じゃあ貴方、わたくしと立ち位置を入れ替わりなさいな♪わたくしがハリー様と御一緒致しますので、貴方は勇者として城に帰りなさいな、そうよ、そうしましょう♪」
「……姉ちゃん流石にそれはマズイから……。」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
何ちゅーこと言うんだ、この姉は……。
国王様が聞いたらとんでもない事になるぞ……。
話を変えなきゃ誰かに聞かれたら大惨事だぞこれ。
その時、モスケはある事に気付いた。
「そ、そうだ、姉ちゃん!!さっき樹木を木っ端微塵にしてたけど、非力な姉ちゃんが、どうやって粉砕したんだ?
姉ちゃんは回復後衛タイプだから、そんな肉体的な強化とか出来ないだろ?」
運良くこの言葉が上手くモッチャンの心に刺さる。
「……モスケ、良い所に気づきましたね?ふふっ、実はこの技は『回復後衛』だからこそ使える技なんですわよ?勿論、訓練すれば貴方にも使える技ですわ。」
モッチャンはパァッと顔を明るくして得意気に話し始める。
……助かった……。
モスケはジワッと滲んでいた涙を指で払う。
「この技は、対象が生あるものにのみ有効ですが、触れたところに強制的に回復をかけ、治癒力をオーバーフローさせる技ですの!
異常増幅させた治癒力が限界を超えて、四散させてしまうのですわ!
唯一の欠点は、対象が無機物には効果が無い……という事くらいですの。」
つまり、相手の強弱関係なく、生きている対象であれば確実にダメージを与える技という事だ。
なんつう技を編み出してんだよ姉ちゃん……。流石は勇者といったところか。
「モスケ、この技を今から貴方にも伝授して差し上げますわ!覚悟なさい?」
モッチャンの顔が凍り付くような悪戯笑顔をしていた。
あ、ヤバイなこれ……。
モスケは直感的に身の危険を感じ、クルッと反転して全力で走り逃げ出す。
「逃がしませんわぁぁぁぁぁ♪」
ユーミ神殿随一の快速を駆使し、物凄いスピードで追いかけてくる聖女モッチャン。
モスケが捕まるのは最早、時間の問題であった――――――




