《45..特別カリキュラム③》
王都の森林公園には、公園を縦断する石造りの小川が流れている。
その川のせせらぎは朝の気持ちいい音を奏で、健やかな気持ちにさせてくれる。流れる水の表面には木漏れ日を反射してキラキラと輝かせている。
少し冷ややかな心地よい風が静かに流れ、生い茂る木々の葉をカサカサと音を重ねる。
「んん~~、良い朝だな!こんな朝は実に良いトレーニング日和だ!」
大柄な男は両手の拳をぐぐっと空に伸ばしたり上半身を左右に振ったり、屈伸したり……と、ストレッチしている。
そして、身体を充分にほぐした男は、川の側にあった岩にドシッと腰掛けた。
暫く目を閉じ、少しの沈黙の後にゆっくりと瞼をあげる。
そして、その大柄な男……聖騎士団団長、チコがゆっくりと口を開く。
「……ふむ。さて、早速だが、貴殿について感じた事を単刀直入に言わせて貰おう。」
「………はい。」
チコの声にビクッと肩が弾む。
何故に自分に最強の男が??
もう、緊張で頬がひきつりっ放しである。
最強の男の前に姿勢良く立ち、指導を受けるのは……
「ハリー君。君は現時点では四人の中でも……一番弱い。」
そう、俺、ハリーであった。
そして、最強の男が自分にぶちまけたのは『四人の中でも最弱』という言葉であった。俺って、モスケより……弱いのか?
糸の切れたマリオネット人形の様に地面にドサリと身体を沈める。
口から何かが抜け出ていったみたいに真っ白になる。
これでも、身体能力の使い方を知って、あのガルファングともある程度は戦えていたと思っていたんだけどな……トホホ。
「うむ、論より証拠だ、ハリー君。俺はここから一歩も動かず、一切攻撃をしないから、全力でかかってきなさい。俺が攻撃をするとうっかり貴殿を殺してしまうかもしれないからな。
さぁ、かかってくるがいい!!」
「………えっ!!?」
一瞬、殺してしまうかも……という言葉に飲まれそうになる。が、すぐに少しムッとした。
俺は嘗められている……だったら、その最強までの距離を測る良い機会だ。
全力でやってやる!!
俺は大剣を腰の鞘からスラリと抜き、半身で構える。
「――――はぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
《おっ、おい、真剣で行くのか!?下手すると大怪我に……》
コアラの声も俺の耳には届かず、左から横薙ぎに大剣を真剣で振るう。
―――――ガッッ!!!!
「―――――うっっ!!!?」
俺が全力で打ち払った横薙ぎの大剣がチコの顔横で、まるで時間が止まったように鈍い音と共にピタリと止まった。
よく目を凝らして見ると、ハリーの大剣は、チコの親指と人差し指で摘まむように挟まれて止まっていた。
「……なっ……嘘だろ……!!?」
ハリーの頬を冷たい汗が流れる。
摘ままれた剣刃がびくともしない。
指二本で俺の全力が無効化されてしまった……。
「……な?ハリー君。こういう事なんだよ。
ああ、勘違いしないでほしい。貴殿の身体能力は遥かに高いものだ。ただな、貴殿が最弱と言った理由は、冒険者として致命的な欠陥があるからなんだが、それが何かわかるかい?」
「……いえ……全くわかりません……。」
俺は大剣を引き、ガックリと項垂れる。
「まぁ、そんなに落ち込まなくていい。何故に俺が君の担当を引き受けたと思う?俺はな、貴殿の潜在能力に非常に期待しているんだ。何せ、その致命的な欠陥を携えていながら、強力な魔獣を仕留めてきたのだからな。
いいかい、俺はこれからその欠陥を無くす修行を貴殿に指南しようと思う。これをこなせば貴殿は確実に強くなれるはずだ!
どうだ?ついてこれるか?」
「はい、お願いします!強くなる為なら、何でもやります!!いや、やらせて下さい!!!」
チコはニヤリと口角を上げ、親指と人差し指で顎を掻く。
「……よし。では、まず君の欠陥の正体を教えよう。それはズバリ、精神力の扱いがまるでなっていないという事だ。」
「えっ、精神力……ですか?」
チコは岩からスックと立ち上がり、川を眺める。
「そうだ。精神力とは、戦う上で欠かせないものなのだ。精神力は誰にでも備わっているのだが、これが大きく、そして多く操れる者ほど、戦闘に有利になるのだ。
精神力は目に見えない粘性を持った『気』の様なもので、これを個人の特性や恩恵によって変化させたり、強く固めて強化したり、魔法に変換したりしているんだ。
例えば、炎の恩恵を持つ魔術師であれば精神力を変換して炎系の魔法を発動する。故に精神力保有量が多く、強い者ほど強力な魔法を放てる。
そして、俺や貴殿の様な前衛ファイタータイプは、精神力を武器に覆わせて破壊力を増加したり、身体に強く固めて纏う事によって防御力や身体能力を高める事が出来るのだ。」
「あっ……!! だから最初の時、うっかり俺を殺してしまうかも…と仰ったのは……そもそもの地力に差がある上に精神力を纏った団長の攻撃力と、精神力を纏っていない俺の防御力との差がありすぎたから……」
「……ふむ。そういう事だな。貴殿に気付かせる為とはいえ、失礼な発言をした事を詫びよう、すまなかった。」
チコがハリーに対して頭を下げる。
いやいやいや、王国最強と吟われる聖騎士団団長に頭を下げられるなんて、何と恐れ多い事か……
「あっあっ、頭を上げてください!!俺のために言ってくれたんすから!!
そうだ、早く始めましょうよ、強くなれる、修行ってやつを!!」
俺は気まずさから、話題を変えて修行を促す。
……あっ、やっぱ言わなきゃ良かったかな……?……しかし時既に遅し。
チコの顔が何かを企むように無邪気な笑顔で満ちていた。
「うん?そう言ってくれるなら有難い。
うむ、その通りだな!!俺の修行は厳しいぞ?……ふっ、やはり貴殿は面白い!」
(ひっ……ひぇぇぇぇ!!!)
こうして俺の地獄の特訓が始まるのであった。




