《41..店の客は店を護る》
ガシャァァアン!!!
突然、何かがひっくり反る音が店内に響いた。
「……っっ!!!このガキィ、何しやがる!!!」
いかにも因縁つけそうな面構えの男の声が響き渡り、店内に静寂が訪れる。
立ち上がって苛立つ男の太股あたりにソースがべっとり付いている。
ひっくり反った料理のソースが飛び散ったのだろう。
「あぅぅ……ごっ…ごごご…ごめんなさぃぃぃ!!」
小さな女の子が謝りながら、慌てて布巾でソースを拭き取ろうとする。
「おぃおぃおぃ……謝って済む問題じゃねぇぞぉ!?この服、いくらすると思ってんだぁ!!?ぁあ!!?弁償だぁ、弁償!!!お前らも見てたろぉ!!??このガキが俺様の服にソース引っ掛かるところをよぉ!!?」
「ぎゃっはっは、ちげぇねぇ!!!確かに俺も見てたぜぇ!!??アニキの服にべっとりソースを引っ掛かるところをなぁ!!!」
「そ、そんなぁ……どどど……どうしよう……ぅうう……」
やはり見た目通りのチンピラだ。
女の子は今にも泣き崩れそうだ。小さな体が震えている。
――――チンピラは四人……やるか!!?流石に頭に来たぞ……!!?
「まぁ、待ちな。大丈夫だ、見てな。」
怒りで立ち上がろうとする俺の肩をチコが抑える。
「……おらぁ、泣いても許されるわけじゃねんだぞ!!?とっとと………っえ!!!?」
さらに息巻くチンピラだった……が、気付くと店内の客のほぼ全員がチンピラ四人を取り囲んでいた。
「……おぃ、チンピラぁ。お前、この娘の足を引っ掛けて転ばすの見てたぞ?この店で……しかも子ども達にイチャモンつけるたぁ、いい度胸じゃねぇか。」
「テメェら、他所もんかぁ?この店はなぁ、俺達の大切な場所なんだ。落とし前、どぅ付けてくれるんだ?あぁ!?」
「お嬢ちゃん、怪我は無いか?」
「あ、あい、ありがとうございます……ふぇぇえええん」
女の子は男達に抱き上げられると、安心した事により我慢の関がはずれたのか、泣きはじめてしまった。
客の1人1人は、それぞれ職人だったり、冒険者だったり、憲兵だったり……と、この街の中でも特別屈強な男達ばかりで埋め尽くされている。
男達にとって此処は一日の疲れを皆で騒いで吹き飛ばし、また明日に景気よく繋いでいく、大切な場所。
それがこの店、『まつぼっくり』なのだ。
その『まつぼっくり』でお手伝いをする子ども達は、その皆の息子であり、娘であり、大切な宝なのである。
チンピラ達はその逆鱗に触れ、男達の怒りを買ったのだ。
「ひっ……ひぃぃぃぃい!!!!何なんだ、この店はぁ!!?
……ちょ、ちょっと待っ………ぎぃやぁぁぁあああぁぁああ!!!!」
四人はコテンパンにノされ、店内から這う様に飛び出して逃げていく。
「は……はは……」
俺は胸が熱くなるのがわかった。
「だっはっは!な?大丈夫だったろぅ。」
「は、はぃ、ですね!」
「にひっ、店の客が店を護る…って、何かえぇなぁ♪」
「さぁ、呑み直そうか。よし、君達に俺がおごろう!!じゃんじゃん呑んでくれ!!オマツさ……ん、はいないか。おっ、そこのお嬢ちゃん、イェール3つ、こっちに頼むよ。」
チコが近くを通った店の女の子にオーダーを入れてくれる。
「ん?そういえば、貴殿の名前を聞くのを忘れていたな!昨日も確か貴殿はオカメーヌちゃんと一緒にいたな。貴殿らは恋人同士なのかな?」
「……えぇぇっ!?」
「いやいやいやいや、アタシ達は……そんなんじゃ……」
オカメが電動歯ブラシみたいに超速で首を振って否定した。
それはそれで何か気持ち何か凹む。
(今はまだ……そんなんとちゃうもん……)
「ん?オカメ、何か言った?」
「……んひっ!?いやいやいや、何も言うてへんで!っっ、あっ、アホか!!!」
再び凹まされた。
何だろう、告白する前に振られたような、この変な感じ。
「あー、その、なんだ……すまん。」
「ははは、いえ、気にしないでください。
あっ、そうだ、名乗るの忘れていました。
俺はハリーといいます、宜しくお願いします!」
「……んっっ!?」
「……へ?」
名乗った瞬間、チコの眉が一瞬、ハの字になった。
しかし、直ぐにチコはニヤリと口の端をあげ、口を開く。
「……そうか、貴殿がハリー君か。なるほどなるほど。
ふふっ、ハリー君、楽しみにしておくといい。また逢おう!」
「……えっ?」
そう告げると、残ったイェールをイッキに飲み干した。そして、大きな身体を揺らし立ち上がると、背中越しにこちらへ右手をひらひらと振りながら、店を後にした。
「また、逢おうって、いったい……?」
俺はデッカイはてなマークを頭に乗せ、首を傾げるのであった。
横に目を向けると、下に俯くオカメと、何か知らんけど、ニタニタと気持ち悪い笑いを浮かべるコアラがいた。
(オカメ、イェールでかなり酔ったのかな?顔が真っ赤だし)
▽
▽
▽
居酒屋食堂『まつぼっくり』から少し離れた裏路地に差し掛かったところで、先ほど店を出たばかりの男があるものに気付く。
「だっはっは。やはりオマツさんには敵わんなぁ。」
気絶する程に頬を張られたであろう四人のチンピラがロープで1つに縛られ、その足下に大きく『天誅』とかかれている光景が、そこにあったのだった。