《02..我が名はハリー》
《まぁ少し落ち着け。そこに湧水があるから顔でも洗ってきたらどうだい?》
いきなりたくさんの情報が頭に詰め込まれて、パニック状態だ。
ここはひとまず気を落ち着かせてから状況を整理する事にしよう。
「…そ、そうさせて貰うよ。もぅ頭がおかしくなりそうだよ。」
洞窟であろうその場所の、壁から沁み出た水が貯まっている水溜まりにふらふらと歩くと、両手で水をすくい顔を洗う。
「……ん?」
水溜まりに誰かの顔が映る。誰だこれ?
周りを見回すが、私と変なコアラしかいない。あ、コアラのやつ、鼻くそほじってる。
私は再び水溜まりを覗く。
「これが、私!?」
男になっているのはさっき股間の異物を見てわかっていたが、水面に映る顔は人間の顔ではなかった。
いや、限りなく人間に近いのだが、とりわけ顔の両側に生えている耳が、とにかく大きい。
そして、さっきは気付かなかったが、お尻には長くてふわふわした尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「私、獣人になってる…?」
そして、何処か近しい者の名残のある顔だ。これは…
「ハリーだ……。私、ハリーと1つになってるんだ…」
死ぬ前に倒れた大切な家族、ハリー。
そのハリーが私と一緒にこの身体に転生したという事なのだろうか…。
(ハリー…)
私は心の中で彼の存在を感じた……様な気がした。
よし。少し落ち着いたかも。まずは少しづつ状況を把握していこう。
「ねぇ、変なコアラ?」
《な、なんだ!?》
油断してたのか、指を咥えたコアラがビクッとなったが、そこはスルーしよう。
「ここはどこで、君は何者なんだい?そして、私はなぜここにいる?」
《えーあー……コホン。まずここは『始まりの洞窟』と呼ばれる場所だな。遥か昔、勇者がここで生まれたとされているんだ。》
ぷふーーーっ!!勇者!?勇者って何!?マジでゲームみたいww
《そしてかくいうオイラは、ここで再び現れるであろう勇者を待ち続けている『導きし者』の使命を与えられた、コードネームKoara1103という者だ》
ぷふぉーーーっ!!何その設定ww つか、まんまコアラじゃんww しかも1103て、1103じゃんww
《そして、最後の質問だが、あんたがなぜここにいるのか…だが……》
うんうん。そこが一番大事なとこ。
《………わからん!!》
ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――!!!!!
《いや、正直思い出せんのだ。何か大事な何かがあり、何かを伝えるべくしてオイラここにいるはずなんだが…待ち続けているのは覚えてるのに、そこから先が全く思い出せん…
何か強い衝撃を受けた所まで覚えてるのだが…》
あれか!? 私が尻で押し潰したからか!?
それで記憶が飛んだというのか…!!?
《とりあえず、オイラ何していいかわからないし、あんたについていくわ》
「え!?」
《仕方ないだろ、オイラはあんたの尻のせいで記憶を無くしちまったんだ。思い出すまで責任とれ》
「はぁぁぁ!?……て、仕方ないのか、確かに私のせい?…なのだろうし…。」
《よし、そうと決まったらここを出るぞ》
「ん?ここ、出られるの?」
《当たり前だろう。ここは『導きの洞窟』だぞ?出られないと、遥か昔にここで生まれた勇者は、この洞窟で白骨化しとるわ》
あぁ、確かに。
《では、早速行くとするか。え―――と……そう言えば名前をまだ聞いていなかったな。オイラは先程も教えたが、コードネームKoara1103だ。まぁコアラとでも呼んでくれ。》
もぅ私の中では最初から『コアラ』一択でしたけどね。
《で、あんたの名前は?》
「私…俺の名前はハルノ……いや…ハリー…そう、『ハリー』だ!」
《そうか。ハリー、これから宜しくな!》
差し出された短い前足を握る。
「ところでさ。出口って、どっち?」
コアラは満面の笑みで応えた。
《――――わからん―――!!!》
ええぇぇぇぇぇぇ――――――!!!こいつ、なんにも導かねぇぇぇぇぇ!!!!
こうして、『私、晴乃』改め『俺、ハリー』のへんてこな冒険が始まったのだった。