《27..居酒屋食堂まつぼっくり》
店内は仕事終わりに一杯……といった感じの陽気な客で満たされていた。
その一人一人の顔は赤く染まり、いかにも酔っぱらいを連想させるが、誰一人悪酔いをしている様な客は一人もいない。
皆が皆、顔馴染み…そんな感じの暖かい店内の様相だった。
だけど……あれぇ?
宿屋に行くんじゃなかったっけ?
「えっと……あっ、いたいた。ハリーこっちや。」
オカメは店内を見渡し、目標を見つけるとテーブルや客の間をスルスルとすり抜けて店の一番奥へ入っていく。
そこには高めのカウンターテーブルがあり、これまた高めの丸椅子が並ぶ『バーカウンター』に辿り着く。
カウンター内には一人の女性がカウンターに両肘を突いて、ボーッと店内を眺めていた。
「またきたで、オマツさん♪」
オカメがそのカウンター内の女性に話しかける。……が、反応が無い。
「オマツさん?……あれ?寝とらんかコレ??」
やはりオマツと呼ばれた女性に動きは無い。細目なので起きているのか寝ているのか分かりにくい…。
「なぁなぁ、オ、マ、ツ、さ、ん!!!」
――――ガンッ!!
オカメがオマツさんのピンク色の耳の近くでもう一度呼ぶと、頬杖がガクッと崩れ、顔面をカウンターに打ち付けた。
「――――んん~~痛ったぁぁぃ…………あらぁ……オカメちゃんだわぁ~~。いらっしゃ~~ぃ」
寝てたのか。
《ほぅ、このガヤつきの中で寝るとは、なかなか肝が据わってるな》
背中で小さな声を漏らすコアラ。いや、お前が言うか!
「ハリー、このオマツさんが此処のオーナー店長さんやで。なぁなぁ、オマツさん、また部屋借りたいんやけど、空いてるかな?」
オマツさんは、ギルドのオチヨさんくらいの大人の女性だ。
ただ、非常に口調がのんびりしており、診療所のケセランさんよりも更におっとりしている様に見える。
オレンジ色のショートヘアに、色の映える布を体に巻いた様なラフな格好から白い肌が覗く。いや、ラフ過ぎてデッカイ胸が見えそうなんですけど?
「いいわよ~~。2階の空いてる部屋を自由に使って~~。」
成る程、民宿スタイルか。1階が居酒屋兼食堂で、2階が宿になっている。えっ、これオマツさんが一人で切り盛りしてるの??
とりあえず俺とオカメは2階のそれぞれの部屋(当然だな)に別れ、俺は大剣を部屋隅に置き、再び1階に戻る。食堂と宿が一緒だと楽でいいな。
少し遅れてラフな格好をしたオカメが2階から降りてきて、俺が腰掛けているテーブルにつく。
「にひっ♪お待たせ。さ、どんどん頼も♪お腹ペコペコやわぁ」
俺達は適当に注文をし、運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、アルコール飲料のイエール(ビールに似た飲み物)のジョッキを次々と空にする。
いや、料理美味いわコレ。これも全部あのオマツさんが作っているというのだから驚きだ。
「……おっ!?よく見たら昼間の従者の兄ちゃんじゃねぇか!!」
横から突然、壮年の男に声をかけられた。誰だっけ?
「俺だよ俺!!ほら、素っ裸の兄ちゃんに……」
――――あっ、思い出した!城門の憲兵のおっちゃんじゃん!!鎧着けてないから分からなかった。
あの時オカメに言ってた「冒険話をあの食堂で――」って言っていたのは、この店だったのか。
「あの時は本当に助かりました。あの時にお借りした服はきちんと洗って御返ししますので……」
俺は立ち上がり、軽く頭を下げて御礼を告げる。
「いや、構わんさ、そのまま君が使ってくれて構わない。それよりもオカメーヌ様、差し支えありませんでしたら、今宵も冒険譚をお聞かせ頂けませんか?私達はそれが楽しみの一つなんですよ。なぁ、皆!!?」
「「おぉ―――!!」」
突然、店内が湧いた。
「えぇよ、約束やたしな!!」
オカメは少し酔っているのか、その頬をほんのり染めている。
「本当ですか?ありがとうございます!!よーし皆!!今夜は呑むぞ!!」
「おっしゃあ!!オマツさん、こっちのオカメーヌ様のテーブルにジャンジャン料理とイエールを持ってきてくれ!!」
「そうだそうだ、俺達の驕りだ、オカメーヌ様、従者?の兄ちゃん、どんどんいってくれ!!ぎゃっはっはっは!!!」
「みんなぁ~~、呑みすぎて良い潰れないよ~にお願いねぇ~~」
陽気な居酒屋食堂『まつぼっくり』は笑い声とオカメの冒険譚に興奮した男達の陽気な声に包まれ、ドンチャン騒ぎは夜更けまで響き渡るのだった。
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……トントン。
「ほぃほーぃ、開いてるよー」
扉が開き、一人の男が部屋に入ってくる。
男は部屋の椅子に腰掛けると、丸メガネを中指で押し込み、口を開く。
「夜遅くにすまないね、コテツさん。」
「いやー、構わないよ。なかなか書類が片付かなくてね。どうしたんたい?オジジ先生。」
部屋はセンターギルドの執務室。夜の来客は診療所院長オジジ。
「オカメちゃん、勇者になり損ねたみたいだね。」
「あぁ、報告内容からすると、あの『始まりの洞窟』には勇者となる手懸かりは無かった様だね。聖騎士団長チコ君の話によれば、あの洞窟辺りに『白い閃光』が落ちたと聞いたんだけど、残念だった。
オカメちゃんなら勇者になれる器があると思ってるし、それもあって今回の極秘任務を彼女に依頼したんだけどねぇ。是非この機会に勇者になってほしかったよ。」
「確かに、あの娘なら勇者の器にあると僕も思ってるよ。少しお転婆なところが玉に瑕だけどね。
あぁそうだ、僕が来たのは別件なんだけどね。」
「……別件?」
「そ。今日ちょっと面白い少年に会ったよ。たまたまオカメちゃんとうちの診療所に来たんだけどさ。ありゃ、ちょっと異質な存在だよ。彼、もしかしたら面白い存在になるかもしれない。
多分、洞窟の番人『ウロボロス』を倒したのは彼だ」
「何!?……あぁ、そういえば、今日オカメちゃんと一緒にいた少年がいたなぁ。……ふーん、君が気にかけるという事ならば……そうかぃ、わかった。俺っちも気に止めておくよ。
………ところで、せっかく来たんだ、一杯やっていかないかぃ?」
「ありがたく頂くよ。」
二人は椅子から立つと執務室を後にするのだった。