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この世界は時計というものが普及していない。ナジさん家にもなかった。
じゃあどうやって測るかと云うと、基準の鐘が鳴る。規模の大きなまちには有って、朝・昼・晩になるのだ。
ただしそれはご飯の時間ではなく、お祈りの時間の目安として。
その鐘を聴くと、この世界のひとは低声でもそもそとなにやら云う。本式には、きちんとしたところできちんとお祈りするらしいが、この世界の神さまは実際的なので、道を歩きながらのもそもそお祈りでも怒らない。
お祈り時間は朝七時くらい、お昼一時くらい、夜の九時くらい。
これまでのまちや村には鐘がないか、有っても小さくってほとんど聴こえなかった。でも、レントのは流石に立派な鐘で、昨夜夢うつつにからころなるのが聴こえたし、今朝も目が覚めてすぐくらいに聴こえてきた。それでも、大きい音ではないけど。山のほうにあるのかな?
あ、うそだ。
時計台がある。時計台というか……大き目の置時計?
大通りの南側、中心から大分行ったところにそれはあった。普通に時計だ。こっちの世界で初めて見たかも?
針が多いとか少ないとかはない。ほっとしたことにこの世界でも一日は二十四時間らしかった。
前を通り過ぎる時ぐいと首を曲げて仰いだ。……寝違えよくなってる。よかった。
「時計がめずらしい?」
「はい。今までのまちにはなかったですよね」
「シアイルからはいってきたものだからね。わたしらはお祈りの時間が解りゃ充分だから」
テレビの時間とか気にしなくていいもんなあ。ご飯だって、好きな時に食べればいいのだし。
本屋さんはにぎわっていた。大勢並んで、紙やインクを買い求めている。こどもこどもした男の子がいれば、おそらく主人やその家族におつかいを命じられたのだろう大人も居る。共通しているのは、予算のなかでなるたけいい紙、いいインクを買おうとしているらしいこと、だけだ。
ひとだかりを横目に、ハーバラムさんはずんずん奥へとはいっていく。お店の建物の裏手に倉庫らしいのがあって、そこで仕入れ担当のひととの長い商談が始まった。
ダストくんは興味深げに聴いているが、こっちはちんぷんかんぷんである。紙とインクの産地の話っぽいけど、地名が解らないから置いてけぼりだ。
あまりに詰まらなそうだったらしい。仕入れ担当のひとがなにかの表を持ってくると席を立った時に、ハーバラムさんが振り返って云った。
「マオ、本が好きなんだろ?見てきなよ」




