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馬車から少し離れたところに、小太りのおじさんが、たらいを手に待ってくれていた。ダストくんが云う。
「ヤームさん。水担当」
「やあ坊ちゃん、砂で辟易してたろう。目が真っ赤だ。湧水」
ヤームさんはにこにこしていて、たらいに水を溜めてくれた。
?
今ヤームさんが何もないところから水を出した。
……魔法?
魔法だあすげー。水出てきた! 水芸? 水芸?
感動に黙り込む。ヤームさんが笑った。「魔法がめずらしい?」
「えと。はい」
「そうかそうか。ままま、顔を洗ってしまいなさい。ダスト、タオルを」
「解った」
ダストくんが居なくなった。ヤームさんはたらいを持ってくれていて、そのまま顔を洗う。目が大分痛くなくなった。
戻ってきたダストくんからタオルをもらって顔を拭く。水は、別に変なところのない、寧ろ綺麗な水だ。
ヤームさんが、軽く会釈してからどこかへ行った。「どこへいったの?」
「水が勿体ないだろ。トゥアフェーノに飲ますんだ」
「とあふえの?」
ダストくんがふきだして笑った。くっ、舌足らずで悪かったな。
大きい馬車へ移動する。トゥアフェーノ=馬車を引いてくれている動物。正しくは「馬車」でなく「トゥアフェーノ車」だったのか。わかりやすく翻訳されている、と。
回り込んでみて、解った。大きいとかげ。イグアナみたいの。ずんぐりしてて、後ろ肢で立っている。目がきょろきょろしてて可愛かった。
大きい馬車へはいる。多分、さっきまで乗っていたのは荷物用、こっちはひと用。金属製のマグが紐に通してぶら下げてあったり、ハーブ類を束ねたものが柱へ括りつけてあったり、下には絨毯も敷いてある。
ダストくんが衣装箱をひっかきまわし、自分の服を貸してくれた。上から着ればいいよと、袖が太くて丈の長い、前開きの白い服を渡される。綿かな。袖を通して、腰のところをきらきらしたベルトで結ぶ。金襴みたいなベルトだ。
あと、ごわごわしたマント。それと、靴は変えたほうがいいといわれ、そうした。実際スニーカは至極歩き辛かったのだ。ブーツを渡されたのではきかえる。ぴったりだった。ダストくんがくすくすしているから何かと思えば、ナジさんの予備のブーツらしい。笑ってやるなよ少年(高身長)。
スニーカは、収納空間行きだ。矢張りめずらしくはないスキルらしく、ダストくんは、マオもかーとしか云わない。
「なあ、マオってさ」
「うん?」
「東から来たの」
異世界からだねとは云えず、ダストくんの目を見てわかんないと答えた。頭をぽんぽんされる。「そっか。大変だったな。あ、これもあげるよ、俺の」
髪にピンをさしてくれた。針金みたいな金色のきらきらに、不透明な、小さくて丸い石がくっついている。はとむぎみたい。
「多分、次は飯かな。沢山食べて大きくならないとなマオ」
「もう大きくならないよ」
連れ立って外へ出る。ダストくんが肩越しにこちらを見た。「親が小さいのか」
「だってもう大人だもの。二十四歳」
「ははは、本当は幾つなんだ?」
「だから、にじゅうよんさい」
ダストくんが足を停めた。ぶつかる。「痛い」
「じゅうよん?」
「え? いや、にじゅうよん」
大笑いされた。何故。