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魔王の両親(78.5)

 

 ――――真緒が居ない。


 夫からそう連絡があった時、目の前が真っ白になった。


 長男の真緒は、今年で二十四歳になる。

 以前子役をやっていて、映画やドラマにもちょくちょく出ていた。母親のひいき目だが、真緒は記憶力がいいし、物怖じしない。場の雰囲気にのまれて緊張するということはないので、オーディションを受ければ合格したようなものだった。

 かわりに向上心は欠片もないので、いつも端役ばかり選んでいた。仕事終わりにケーキを買う約束は、子役を始めてからやめるまで、一度も破れなかった……真緒が催促するので。


 真緒は、ケーキがもらえる、というだけで、子役を楽しんでいた。

 でも、高校へはいると、仕事をぐっと減らした。もともと表情の解りにくい子だったのが、輪をかけて表情に乏しくなった。心配しても、気力がなー、と要領を得ないことを云う。

 ある日から学校へ行かなくなった。今日は無理、と。


 そして、次はケーキを喜ばなくなった。

 それはなによりの異常だったから、夫と、転校させようかとか、和菓子を買ってこようかとか、……色々と相談した。

 手をつかねているうちに、真緒は学校を辞め、受けていた仕事が終わるのをまって事務所も辞めた。その上貯金は全部、夫のいとこにあたるひとへ渡した。

 自暴自棄になっているのかしら、と心配だったが、真緒が資金を提供したことで夫のいとこは温泉を掘り当て、温泉旅館を経営し始めた。真緒はそこで雇ってもらい、地元を離れてのんびりできると喜んでいた。

 暫くして、高校でいじめられたのだと真緒が話してくれた。わたしと夫は怒ったが、真緒は面倒だからもういいよとのんきだった。誰に似たのか、あの子はのんびりなのだ。だからずっと心配でたまらない。


 真緒は楽しく過ごしていたようだが、大変なことに巻き込まれた。

 過去に出演した映画がきっかけで、悪質ないやがらせをうけたのだ。真緒は旅館を辞め、新しい家を借りてひきこもった。うちにも妙な風体の男が押しかけてきて、インタビューがどうこうほざいていたが、夫が警察を呼んで追い払った。

 わたしの親戚に弁護士が居て、そのひとに頼んで、インターネットで真緒についてあることないこと書いたひと達を特定し、起訴にこぎつけるまでに半年。真緒はその間、静かに、誰にも気付かれないように暮らしていた。

 わたしと夫は、迷っていた。

 真緒が槍玉にあがった原因は、かつての所属事務所の幹部だったのだ。真緒が辞めてから経営が巧くいっていないそうで、完全な逆恨みである。

 真緒にそのことを知らせるか。今はまだショックが大きいのではないか。


 迷いに迷って、とりあえず様子を見るだけ見ようと、まず夫が真緒の家へ行った。わたしは真緒の家の近くでケーキの詰め合わせを買って、夫へ追いつく筈だった。


 真緒が居ない?


 慌てて真緒の家へ行く。夫はおろおろしていた。わたしもだ。部屋には居ないし、メッセージへの返信もない。いやがらせを受けて、なにもかもいやになったのかもしれない。ばかなことを考えたのかもしれない。


 いつから居ないのか、が解らない。もしかしたらわたしたちと行き違いになっただけかもしれないし、でもとりあえすと、わたしもメッセージを送った。

 それから二時間、その部屋で待った。真緒は帰ってこない。

 警察へ行こうか、と夫が云った時、ケータイが鳴った。

 真緒からのメッセージだ。

 ――――心配しないで。

 ――――旅行中。

 ――――誰にも気付かれないところ。

 ――――充電切れそうだから、じゃあ。


 なあにそれ。


 素っ気ない。素っ気なすぎる。

 でも……非常に真緒らしいのだった。

 わたしと夫はちょっとほっとした。いつもの真緒だ。多分、大丈夫。

「そういえば、行きたいっていってたね、旅行」

「お菓子食い倒れツアーね」


 ケーキは夫とふたりで食べた。

 心配はまだあるが、ケーキを駄目にしたら真緒に叱られてしまうから。


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こちらも宜しくお願いします。 ループ、あの日の流星群
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