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「マオー、朝飯だぞー」
はっと我に返った。「今いく!」
あしおとが遠ざかる。
収納空間の検証で思ったより時間がたっていた。でも、どうやら時間が停まっているらしいことは解った。さて、実験につかった揚げパンを仕舞って……しまっ……。
あれ? 包み紙しか残っていない。
合計六盛り買ったよな。
なにかの勘違いかな? そ、そんなに食べる訳ないって。
包み紙を収納空間へ戻す。急いで部屋を出て、誰にも会わずに井戸端へ到達し、手指のべたべたを洗い落とした。揚げパンなど存在しなかったのだ!
朝ご飯はお代わりしなかった。胃のなかの先客が主張したから。
傭兵三人は今までも物静かで、たまにこそこそと話しているくらいだったのだが、今日はいつにもまして静かだ。昨日の怪我がショックだったんだろうか?
ひやっとしたのは、馬車に乗り込んだあとだ。
午前はハーバラムさんが、午后はダストくんが御者を務めると決まり、朝食後にすぐ出発した。買い物はせず。
出発してから一時間くらい経って、うとうとしていた。お腹がいっぱいで眠くなったのだ。朝のしあわせな甘い味を思い出したり思い出さなかったり。
その時、エイマベルさんの、小さくて尖った声が聴こえた。
「あの薬は効きすぎよ。おかしい」
眠気が吹き飛んだ。
「そうなのか?」
「おかしいでしょ? ステューはあんなに血を流してたのよ」
エイマベルさんの主張に、男ふたりは首を捻っている。イルクさんがもそもそと喋る。「癒し手が、あれくらいの傷を塞いだのは、見たことあるよ」
「あたしは薬の話をしてるの!」
エイマベルさんの声が高くなった。ダストくんが眉をひそめる。
エイマベルさんははっとして、こちらへ取り繕うような笑みを向けてきた。「ごめんなさい、大きな声出して。気にしないでね」
エイマベルさんは再び仲間へ喋りかけるが、声は先程より小さく、聴き取れない。
ダストくんは三人の会話が聴こえていなかったようで、なんの話してんだろうな、と不思議そうだった。「薬屋、怒ってるみたいだけど」
そのささやきには、さあ、と言葉を濁すしかない。
ダストくんやナジさんが追及してこなかったから、普通なのかと考えていたけれど、あの薬は効きすぎるらしい。用心しなくては。




