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なにはともあれ、リッターくんをひっぱって四月の雨亭へ辿りついた。お祈り時間を知らせる鐘が、遠くで鳴っている。リッターくんは目をはなしたすきに剣を仕舞っていて、ぼんやりと歩いている。
「だいじょうぶ?」
「……少し疲れた」
「ごはんぬいてるからだよ」
そうだな、とリッターくんは素直だ。なんなのだろうこの子は。
食堂に這入る。メイラさん・ライティエさん・マルロさんの三人がもう起きてきていて、テーブルに着き、お茶を飲みながら難しい顔で話し込んでいる。……ああ、起きてきたんじゃなくて、帰ってきたところなのかな? 三人とも疲れた様子だし、マルロさんは警邏隊の鎧をきっちり着込んでいる。
「おはようございます」
三人へ声をかけつつ、リッターくんを椅子のひとつへ座らせた。三人は揃ってこちらを向いたが、何故か大口を開けてかたまる。
俺はぴしっと背筋を伸ばして椅子に座っているリッターくんの頬っぺたを両手でぺたぺたした。「ご飯持ってくるから、いいこでまっててね」
リッターくんはもう返事をする元気もなかった。もともと死んだような目だが、今や水揚げ後丸一日常温放置された魚のような目だ。どよんとしてる。
可哀相なので頭もぺたぺたしてから厨房へ這入った。と、思い出してアーチから顔を出す。「リッターくん食べたいものある?」
リッターくんはどんよりした目で俺を見た。
「ブリニ」
「発酵時間ないからもどきだけど、いい?」
リッターくんが頷いたので俺も頷いた。こっちの世界でもブリニはブリニなのな。
お茶を淹れるセロベルさんや、乾いた布巾を戸棚にいれているグロッシェさん達に挨拶をして、急いで手を洗う。まずは生地だな。
元種とたまご・砂糖・ちょっぴりのお塩をよくまぜる。
丁度レアディさんが来てくれたので、しぼりたての牛乳もいれた。そこへ小麦粉・(崩潰で)すりつぶしたオーツ麦も加えてまぜる。ちょっとだけおいておこう。
お客さん達にお茶を配ってきたセロベルさんが困惑顔で戻る。「おい、マオ、あいつ」
「リッターくんに先に出します」
お鍋を火にかける。油をたっぷり敷き、皮を外して軽くつぶしたにんにくをいれ、炒める。いい香りがしてきたら、お水・お塩・洗ってざっくり切った白菜をいれてわかす。白菜は意外とにんにくとの相性がいいし、旬で新鮮なら余計なだしをつかわなくてもおいしい。
はっと思い至ってアーチを潜る。テーブルが半分くらい埋まっているなか、リッターくんの席まで走って行った。「リッターくん、ブリニはあまいやつ? しおからいやつ?」
さあ、と、リッターくんの反応は芳しくない。さっき魔法をつかったっぽいし、あれで消耗したのだろう。可哀相で、つい頬っぺたをむにむにっ、とやってから、厨房へ駈け戻った。リッターくんはなされるがまま。




