500
リエナさんは、湯気の立つお茶を、なみなみマグに注いで持って来てくれた。
「はい。飲んで。落ち着くわ」
「……ありがとうございます」
うけとって、口をつけた。あたたかくて、お砂糖がたっぷりなのか、甘い。胃の痛みが少しだけ和らいだ。
リエナさんが隣に腰かける。長椅子が不穏に軋んだ。リエナさんは冗談めかして云う。「あら、頑張ってくれてるわこの子」
柔らかくてあたたかい手が、俺のせなかを優しく撫でる。お茶が半分になる頃には、吐き気はほとんど治まっていた。
「すみません。よなかにおじゃまして……」
「ううん。わたしみたいな女がよなかになにしたって、誰も気にしやしないわよ」
リエナさんは手を下ろす。「なにしてたのって、訊いてもいい?」
見られていたのだろうか。俺は、頭を振る。
リエナさんは寒そうに化粧着の襟を掻き合わせた。
「あいつ、セロベルんとこに来てる取り立て屋よね」
「……ですね」
「あいつに、云われたの? その……返済のことで?」
含みのある云いかただ。俺は小首を傾げる。
リエナさんは、傍らに置いたランタンを、意味なく持ち上げてまた置いた。目を伏せる。
「セロベルの代わりに返せ、とか……その……か、体で?」
ああ、そういう勘違いをされているのか。
俺は小さく頭を振る。「大丈夫です。リエナさんは心配しないで下さい」
「そんな」
「ほんとに大丈夫です」
お茶を飲み干した。マグを長椅子へ置き、立ち上がる。「お茶、ありがとうございました。おやすみなさい」
リエナさんはなにかいいたげだったが、俺はそれを無視して、四月の雨亭へ戻った。
用を足して、手と顔を洗って、歯を磨いて、服をかえて、寝た。
目が覚めたのは夜明け前で、俺は身繕いをしてから市場へ向かう。昨夜吐いた所為か、気分が悪い。
でも、市場で白菜を見付け、一気に気分がよくなった。白菜もあるんだ。もとの世界のものより小振りで、葉が随分縮れているが、おいしそう。ついでにケールとコンフリーも見付けたので沢山買っておく。ざく切りにして(さらに、コンフリーは下茹でしてから)炒め、ケールはお醤油、コンフリーはマヨネーズで食べるのがおいしい。マヨネーズがないから、ゆでたまごを潰してお酢・お塩・油・こしょうで和えたものをかけるかな。ケイパーの酢漬けとナスタチウムでも添えて。
銀貨を渡して白菜をうけとり、収納空間へいれる。白菜は貴重らしく、かなり高価だ。対して、ケールとコンフリーの安いこと。どうしてこんなに安いんですかと思わず訊いたら、飼い葉だかららしい。おいしいのに。
同じ括りで、アマランサスの束も売っていた。種子がついているからそれ目当てで買う。ぷちぷちおいしい。栄養価も高いし。
代金を払ってアマランサスの束を収納していると、背後に誰か立って、俺の腕を無遠慮に掴んだ。
びくついて振り仰ぐ。「……あ」
「おはよう」
リッターくんだ。下まぶたが黒ずんで、いかにも寝不足という感じだった。




