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男の子は、小隊の一員? らしい。商隊かな?
沙漠でなにかしていて、虫に襲われた時に逃げ遅れたそう。「たいへんでしたねー」
「まあ……助けてくれてありがとう」
含羞んで云うのが子供っぽい。いえいえ、と返しておく。
案内人が居るといないでは大違いだ。しっかりと目標の方角へ向けて歩くのは辛くない。ひとがいるから喋れるし。
「あんた……失礼、貴方はどうして荒れ地に?」
「え?」首を傾げる。「……さあ?」
きょとんとされた。笑ってごまかしておく。
これ多分夢じゃないなやべーどうしよう、と唐突に焦りが生じる。だって、なんか、違う。RPGって、最初はもっと可愛かったり弱かったりする敵が出てきて、大体町はもうちょい近くにあるだろうし、でっかい虫に襲われたり砂に埋まりそうになったりひと踏んづけたりはしない気がする。
あと、足裏が痛かったしな。夢で息が切れたことと、おなかが痛くなったことはあるが、足は経験がない。息が切れたのは肺炎の時、おなかが痛くなったのは十二指腸潰瘍の時だ。足裏が猛烈に痛くなる病気ってある?
もしくは、火事でも起こってて、足裏が焼かれてるとか? じゃあどうして薬で治る?
「大丈夫か?」
「はい?」
「荒れ地に来る格好じゃないし……慣れていないんだろう」
ドラッグストアに買いものに行く格好だからなあ。
なんとかなりますよと無責任に答えた。ならんと困る。
夢じゃないと思っておいて損はない。夢なら目が覚めた後で笑える。夢じゃないならばかなことをしないでよかったと思えるだろう。
なんだか同情の目を向けられた。調子乗ってやらかしたやつと思われたのかもしれない。俺荒れ地くらいひとりで平気だぜー、みたいな。そう思われたんなら切ない。
「水、持ってるか?」
「あ、もってないです」
咽が渇いたのかな?
と思ったら、水(多分)のはいった壜をくれた。どこから出したんだろう。「あげるよ」
「……ありがとうございます」
「俺は収納空間もちなんだ」
ああなるほど。めずらしいスキルではないのだな。
栓を抜いて、水を飲んだ。咽のひりひりが治まる。水、おいしい。……普通に飲んだけど大丈夫なのかな?
今更警戒するのもおかしいし、まあいいやと思ってもう一口飲んだ。栓をして、壜を返す。「いいよ、全部飲んで」
「いえ、もう結構です」
不憫そうに見られている。なんだろう。
ふたりになって一時間半くらい。
うう、砂が目に染みる。たまに風で巻き上げられて、目にがんがんはいってくるのだ。涙で追い出すしかない。さっきこすってめちゃくちゃ痛かったから、触らないよう我慢している。
「ああっ」
案内人が走り出した。「父さん!」
目を遣る。幌馬車が数台あって、その周りに大人が五人くらい立っていた。そのうちのひとりのおじさんが、わっと叫んで走ってくる。「ダスト!」
残りも歓声をあげた。案内人改めダストくんがおじさんに飛びついた。おじさんのほうが小さいのでよろけている。
「本物だな?!」
「ああ、神かけて」
「この親不孝者!」
おじさんがダストくんの額にキスした。ダストくんは嬉しそう。だが、はっとしてこちらを示す。「父さん……」
「ん?」おじさんがこっちを向いた。「ああ、……ダスト、あのお嬢さんは?」
170cmある成人男性ですけど。あなたがたがでかすぎるんですよ。
まあ、あれだね、赤ちゃんが女の子だったら失礼だから一応可愛いー美人になるねーって誉めとくみたいな。
ダストくんが耳打ちした。おじさんは深刻そうな顔になる。大人が集まって、ダストくん含め六人でこそこそ喋り出した。近寄るが、風で聴こえない。
「坊や、疲れたろう。馬車にのりなさい。息子を助けてくれてありがとうな」
嬢ちゃんではなくなったけど、坊やかあ。まあいいや。足も痛いし、乗せてくれるんなら乗ろう。好いひとっぽいし……いざとなったら冒涜魔法。はははー、笑えねえ。
ダストくんとおじさんが幌馬車の戸を開けた。靴は脱がなくっていいらしい。促されるまま乗り込む。おじさんが水の壜と、小さな袋をくれた。軽い。ダストくんがつり下がったランタンへ火を点し、出て行って戸を閉てた。少し寝なよ、と云って。
眠いのはたしかだ。いよいよ夢じゃない。夢のなかで眠くなったことはない。
水をありがたく少しだけ飲んだ。袋の中身は、クッキーみたいなのだ。お花の形をしていて、薬臭かった。今はまだいらないかな……。
袋の口を閉じながらうとうとした。