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俺にお客さんって、誰だろう。
……。
……ほーじくん!
たたっと走って行った。ほーじくんが来てくれたのかも!
セロベルさんの脇をすり抜ける。「こんにちは」
「……あ」
違った。
カウンタの前で、ローブのフードを被り、無表情に突っ立っているのは、サローちゃんだった。
脱力する。ほーじくんかもと考えたのも、ぬか喜びしたのも、はずかしい。
「……いらっしゃいませ」
顔を上げた。「サローちゃん、食べに来てくれたの? ありがと」
「違う。手伝ってほしいの。賃金は払う」
サローちゃんははやくちで云って、お金がはいっているらしい布包みをカウンタへ置いた。それからセロベルさんを仰ぐ。
「マオを貸して」
「ア?」
「必要なの」
「あのな、マオはものじゃねえんだよ。貸し借りは出来ない」
セロベルさんはサローちゃんのものいいに腹が立ったらしく、切り口上だ。サローちゃんはむっとする。
サローちゃんは、カウンタへくっつくようにして、後ろからは手許を見られないようにする。そうして開かれた布包みには、貝貨がじゃらじゃらはいっていた。
ざっと……20枚かな。大金だ。
サローちゃんは声を低める。「これ全部あげる。採ってきてもらいたい薬材があるの」
「とってきてもらいたい、って……」
いつもは、持ち込んだ薬材を買い上げてもらうだけだが、依頼されるとは。
サローちゃんは貝貨を包み直し、両手を重ねてその上へ置いた。「じいちゃんが厄介なことになってる」
「……え?」
「死ぬようなものじゃないけど、異常」
サローちゃんはそう云って一呼吸置いた。「鼻を悪くした。匂いが解らないのは、調剤には致命的」
「ああ……」
鼻が利かないと、お料理に支障をきたす。調剤だってそうなのだろう。
サローちゃんは小さく頭を振った。
「医師に診てもらったら、癒し手では治せないと。病と云うことではなくて、そういう運命だって」
はあ。……こっちの世界だと、医師って、診察だけするのかなあ? 癒し手が居るし。
気が逸れていた。サローちゃんが軽く手を打ち鳴らす。俺ははっと我に返って、サローちゃんに目の焦点を合わせた。
「ごめん」
「……道具と同じで、人間の体にも耐用年数がある。じいちゃんの鼻はそれが過ぎたんだって。そんなこと知らない。じいちゃんはまだまだ薬をつくれる」
だから、と、サローちゃんは布包みを示す。
「鼻の強壮薬をつくる。材料が足りないから、採ってきてほしい。目覚めの滝にある、ネコノツメを」




