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「おお」ぱっと笑顔になる。「びっくりしたあ。どうしたの?」
「ここに勤めてるって聴いたから、来ちゃった」
ヴェンゼくんがにっこりした。ティーズくんが手をひらひらさせる。「すんごく旨かったよ。あれで銀貨1枚なんて、マオ大丈夫なの?」
「ぎりぎりかも」
くすくす笑いあう。
ヴェンゼくんはふたつ、ティーズくんはひとつ、クッキーの包みを買ってくれた。あとのお客さんは、サッディレくんが引き受けてくれたので、ふたりのテーブルまで移動する。
ふたりは座り、俺はテーブルの傍に立ったままだ。
「大丈夫? ヴェンゼくん」
「うん。くつした、かりたままでごめん。穴が開いちゃったから、似たようなのさがして、買って返すよ」
「いいよそんなの。それより、また食べに来て」
「だめ、ちゃんと返すから」ヴェンゼくんはなみなみ注がれたお茶をすする。「グエンもはいればよかったのに」
「え? グエンくんも来てるの?」
「うん。なんかさ」
ティーズくんとヴェンゼくんが目を交わした。ティーズくんが低声を出す。「あいつ、ちょっともめごとに巻き込まれたことがあるらしくてさ。警邏隊が苦手なんだ」
「ああ……」
クッキーおまけが効いているから、警邏隊のひとは基本、ここに来る時は鎧姿だ。物々しい雰囲気ではある。
「でも、大変だね」
「え?」
「マオが危ないかもしれないから、警護してくれてるんでしょ?」
ヴェンゼくんが真顔でそう云い、ティーズくんも頷く。
「いやいや」俺は頭を振った。「そういうのじゃないよ。この宿のひとが傭兵もやってて、友達が来てくれてるの」
「え? そうなんだあ。てっきり……」
「マオはあいつらをふん縛った犯人、知ってるんじゃないのか?」
ティーズくんが、買ったばかりのクッキーをほりほり食べている。
ヴェンゼくんが細かく頷いた。
「だからまもってもらってるんだって思ってた」
「違うよー、そういうのじゃない。俺犯人見てないし」
知らなくはないが見てはいない。うん。鏡なんてなかったからなあ。
ふたりは他愛ない話をして、また来ると約束し、帰っていった。なんとなく見送りに立つ。
「耳飾り、持ってるんだね」
「昼間はつけてるもん。マオ、凄いね、髪もそのまんまで」
「耳飾りつけといたほうがいいぜ。って、マオは穴も開けてないんだっけ。穴、開けたら?」
やっぱりないんだなあ、穴がなくても大丈夫な耳飾り。
外に出る。門まで送っていくと、街路樹にもたれかかるグエンくんが目にはいった。「マオ」
グエンくんに至っては、耳飾りに髪飾り、そして付け毛までフル装備だった。地毛のポニーテイルにしか見えない。すごーい。




