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俺は慌てて手をひっこめる。リッターくんは無表情だ。
「えーと、俺はマオ。宜しく。……で?」
俺は息を吐いた。「どうするの。流石に二回も手助けするほどひまじゃないよ」
ひま云々よりも、俺と出ていったやつが二度とあらわれないことが続いたら怪しまれる。リッターくんを助けてるのも変な話だしな。
リッターくんは小首を傾げた。「さあ。考えていない。朝までには帰るだろう。そこをおさえれば済む筈だ」
……。
清々しいまでに何も考えてない。
「そ。それで君は怪我したりしない訳? 相手は一応大人だし」
「心配ない。俺は死なない」
どこから来る自信だよ?
なんだか力が抜けた。話をかえる。「あのさ。シアイルって、賭けごと、だめなんでしょ?」
「ああ」
「どうして?」
「知らない」
言下に答え、リッターくんは続ける。「知らないけれど、法で定められている。だからまもるべきだ」
それはそうだな。俺は頷いて、でも、と云った。
「それって、シアイル国外でも適応されるの?」
「法的には、されない。だが、シアイルを離れたからと云ってシアイルの法をないがしろにするのは、貴族にはゆるされないことだ。貴族というのは国民の規範となるべきもの。他地域の決まりをまもるのは当然だし、シアイルの法をまもらないのは以ての外」
流れるような口上だった。リッターくんは一回深呼吸する。
「と、父から云い含められている」
がくっときた。この子まじで何も考えてないのかもしれない。俺はちょっと笑ってしまって、あわてて顔をひきしめる。
「そ。でも、裾野ではしゃいで羽目を外しちゃうって云うのは、少しくらい見逃してあげてもいいんじゃない? ひとを傷付けたりしない限りは」
賭場で騒ぎがあったり、賭場の近くで大捕り物をされたり、それきっかけで賭場がひらかれなくなったりしたら俺が迷惑をこうむるのだ。
ひとに怪我をさせたりしないのなら、ちょっと賭けをするくらいは(裾野では犯罪ではないのだし)大目に見てやってもよいのではなかろうか。
けど、リッターくんは頭を振った。「だめだ。迷惑はかけないから、心配しないでくれ」
うー。仕方ないかあ。リッターくん、なーんか杓子定規だもんな。
お尻が凍りついたみたいな気がしてきた。
立つ。「じゃあね」
「ひとりで大丈夫なのか」
リッターくんは右手の人差し指以外を軽く曲げ、人差し指ですいっと自分の首をなぞるみたいに動かす。「危ない」
どういうニュアンスのハンドサインなのか解らないし、この間は全然心配しなかったじゃん、とも思ったが、大丈夫だよと返す。
リッターくんの頭をぺたぺたした。「そっちこそ心配しないで」
「……送る」
リッターくんはそう云って立ち上がった。ええー。




