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「まーお」中庭からメイラさんが顔を覗かせる。「おはよ……あら、可愛いお嬢さん。新しい料理人?」
「メイラさん、おはよう」
俺の挨拶に合わせるみたいに、ジーナちゃんがメイラさんへ会釈した。メイラさんはくすくす笑う。
「マオって不思議ね」
「え?」
「なーんでも。ねえ、ライティエもこっちに泊まるかもって。食糧多めに仕入れといたほうがいいかもよ」
え、と、俺はパン種をこねる手を停める。「ライティエさんって、レントにお家があるんじゃないんですか?」
「んー。ほら、わたしが協会規定の所為で、練兵場に縛りつけられてるでしょ?」
頷く。
メイラさんは溜め息を吐いた。「それって、期間が結構長いの。傭兵等級3になったら講習も受けなきゃだし」
「講習?」
「あんの。傭兵としてこういう行動は控えましょう、みたいな、お勉強。その上、今度のことの所為で、全傭兵に倫理講習うけさせるんだって。それの準備の手伝いもあるし」
それは大変だ。
「で、練兵場に居なきゃいけない期間は長いし、その間は警邏隊として登録しとこうってことになったのね? ライティエは、だから、ここんとこずーっと実家」
「はい」
「そうしたら、この機会に髪を切らせようって、おふくろさんが必死らしいわ」
髪?
ジーナちゃんがぴくっとした。……?
メイラさんは息を吐いて、朝ご飯期待してるね、と居なくなる。
「たまご、どうするの」
ジーナちゃんが云う。俺は、ああ、と、お鍋を見た。「うん、それくらいでいいかな。火からおろしておいて」
ジーナちゃんは頷いて、平鍋を火から外す。
丸めたパン種を天板へ並べた。ジーナちゃんに頼むと、綺麗に切れ目をいれてくれる。包丁の扱いにはもう慣れたよう。じっと見詰めている。「剣とそこまで変わらないのね」
そうなんすか。
オーブンのなかのお鍋へお水をいれ、天板を滑りこませた。扉を閉める。
「よし。あとは、甘いものつくろうか。ジーナちゃん、好きなくだものは?」
「……よく解らない」
「え?」
「なにがなにか、知らないわ」
そうきたか。
手鍋にバター。軽くとかす。好きなくだものを一口大に切ったものをいれ、やわらかくなるまで火を通す。好みの量のお砂糖をいれて溶かす。
ジーナちゃんは、手際よくくだものを切った。が、火の扱いはこわいのか、腰が引けている。バターがろくに溶けもしないうちにくだものをいれていた。ま、好みの加減がありますから。
くだものに熱が加わると、甘酸っぱいいい香りがしてくる。
「……あの」
「うん」
「さっきの……いい香りの。いれちゃだめ?」
コリアンダーか。ちょっと冒険かも。
でも、とりだした。渡すと、ジーナちゃんはちょっと考え、コリアンダーを少しだけ手鍋へいれる。
戻ってきた束を収納した。ジーナちゃんがまぜると、くだものの香りに、かすかにコリアンダーが混ざる。悪くはないんじゃないかな。




