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御者台に誰か座った。
「出発するぞ。いいかいお嬢ちゃんたち?」
ラールさんだ。俺達は、ほーじくん以外、はーい、と元気よく答える。
かたんと音がして、馬車が動き出す。「ねえ」ちょい、と、ティーくんの袖をひっぱった。「あの後、大丈夫だった? 怪我してない?」
「見りゃ解るだろ。ぴんぴんしてる」
「ヴェンゼの灯が役立ったんだ」
「ティーのあしのはやさもね」
三人は俺と別れた後、階段を急いで駈け下りた。
螺旋状の階段を下っていくと、じゅうたんを敷いた廊下に出る。風の音がしたので、そちらへ走った。
その時、上の階から大きな音がして、ヴェンゼくんは吃驚したあまりに魔法を切らしてしまった。灯の魔法は、常に一定量の魔力を注いで形を安定させているものだ。魔力が多い者ならともかく、少ない者は驚いた拍子に消えることはありうる。
三人ははぐれないよう、くらいなかで手をつなぎ、壁際にかたまった。
ヴェンゼくんが灯を出そうと四苦八苦していると、どたどたとあしおとがして、すぐそばを、魔法の灯を出した私兵たちが駈けて行った。灯を点していたら見付かっていたかもしれない、とリーニくんはぶるっと震えた。
ヴェンゼくんが灯を再び点し、三人はあしおとを殺して歩いた。じゅうたんと靴下のおかげでなんとかなった。途中、私兵たちとすれ違ったが、直前に気付いて物置みたいな部屋に隠れたからなんとか逃れた。私兵たちは、破壊工作をする誰かを捕えようとしていて、リーニくん達に気付いても居なかったそう。
三人は無事に、外へ出た。馬車のわだちを頼りに門まで辿り着き、敷地を抜けると、リーニくんは驚いた。自分が育ち、縄張りにもしている、南の五番区から目と鼻の先だったからだ。
と云っても、そこはレントの南西。レントに住んでいるひと達からは「西」と認識されている、高級住宅街である。
リーニくんは、仕事で何度か訪れていて、みちは解っていた。詰所のない五番区へ行くより、こちらの詰所へ走ったほうがはやい。リーニくんはティーくんへ、詰所への最短ルートを教え、ティーくんは走った。
ティーくん程の速度は出せないが、ヴェンゼくんとリーニくんも走った。警邏隊が来てくれるまでは、なにが起こるか解らない。ティーくんが途中で捕まる可能性もある。
息を切らして足袋裸足で走るふたりは、幸運にも巡回中の警邏隊に行き会った。緊張の糸が切れて泣きながら被害を訴えていると、警邏隊の馬車に乗ったティーくんが戻ってきた。
「大変だったね」
「マオは?」ティーくんは、初めて顔を合わせた時とは比べものにならないくらい、ざっかけない調子で云った。「大丈夫だったの。すげー騒ぎだったけど」




