3748
ネクゼタリーさんがなにか云っているのだが、内容はわからない。でもニニくんがいやがっているのは一目瞭然で、だから俺はネクゼタリーさんの左腕を掴んだ。
ネクゼタリーさんは俺が来ていることに気付かなかったのだろう。吃驚した顔でこちらを向き、はっとして立ち上がる。その腕がゆるみ、ニニくんがさっと離れていった。
ニニくんは左頬がやけに赤く、はれていて、唇はばっくり裂けて血があふれていた。誰かに殴られたか、したたか平手打ちでもされたような状態だ。彼は慌てた様子でそれを治療し、乱暴に涙を拭う。口許も拭っている。あえぎながら、ずりあがったチュニックをひっぱりおろし、砂まみれのローブをぱたぱた叩く。
俺はネクゼタリーさんを睨んだ。なにをしようとしていたのかは知らないけれど、なにをしていたのかは見た。それが嫌悪感を催す光景だったことはたしかだ。言葉で抗議できないから、腕を掴んで辞めさせようとした。
ネクゼタリーさんは哀しそうだ。口を開くが、なにも云わない。俺に言葉が通じないことは、彼が一番理解している。
ニニくんが洟をすすりながら戻ってきて、ネクゼタリーさんの腕を掴む俺の手へ、手を重ねた。その手がぶるぶると震えている。
どういう訳だか吐きそうだった。
ニニくんはなにか云っていた。それは怒っていたり、すねていたりするような声ではなくて、なにか弁明しているみたいな声だ。弁解しているみたいな。
ニニくんの震える手が俺の手を掴み、ネクゼタリーさんの腕からはなした。
俺はニニくんを見る。ニニくんは怯えているように見えた。なにへの怯えかは知らない。
ネクゼタリーさんがニニくんの体へ、右腕を伸ばす。ニニくんは浅い呼吸だが、それから逃げようとはしない。
今がどういう情況なのか、なにが起こっているのか。すべてが俺の理解の範疇を超えている。
言葉が突然わからなくなった憤りもあったんだと思う。そのストレス、やつあたり、わがままも。
俺は気付くと、ネクゼタリーさんの肩口を殴りつけていた。ネクゼタリーさんは一歩、足をひく。俺の殴打がきいたのじゃない。そうやって受け流しただけだ。おかげでこちらの拳もたいして痛くない。どうしてそんなところで気をまわしているんだろう。
ニニくんが息をのみ、焦った表情で俺とネクゼタリーさんの間にはいる。なにか喚くように云う。
そのニニくんの動きで、さっきニニくんがなんと云っていたか、理解した。ニニくんはネクゼタリーさんを庇っている。言葉でも、こうやって物理的にも。




