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ユラちゃんにひっぱられて、俺は幕屋へ戻った。出入り口でネクゼタリーさんとぶつかりそうになる。ユラちゃんが弾きとばされるみたいにして転んだ。
ネクゼタリーさんがおそらく謝りながらユラちゃんを抱え起こし、ユラちゃんは鼻をおさえてもごもごとなにか云っていた。ニニくんとヤラがとんできて、ユラちゃんの治療をする。鼻血が出たみたいだ。ユラちゃんはそのまま、奥のベッドへつれていかれた。
ネクゼタリーさんは眉根を寄せてそれを見送り、はっとして俺を振り向いた。また、謝罪らしいものがあり、それから彼は口を噤む。俺になにも通じない、とわかっているのだ。
今ここにいるひと達のなかで、俺がリスニングもスピーキングもできなくなったことに、ネクゼタリーさんが一番ショックをうけていない。
彼は俺が喋り、聴き、読み、書いていた姿を見たことがないのだ。それまで普通に喋っていた、聴きとれていたひとがそれが突然できなくなる、のは、驚くしショックもうける。原因がよくわからない場合は、尚更。
だが、初めて会ったひとが喋れない、聴きとれない状態だった、というのは、驚きもショックもそんなにないのではないだろうか。もしかしたら生まれつきかもしれないし、事故などでそうなったのかもしれない。
ネクゼタリーさんは、ほーじくんやサーダくんから俺のことを聴いていただろうけれど、直に目にしたことはおそらく今までないのだ。なら、ショックは少ない、と思う。
俺がどうにもできずに半分苦笑いみたいな表情をしていると、ネクゼタリーさんは俺の左手をとって、掌を上にし、持ち上げた。そうしながらお辞儀みたいに上体をまるめ、自分の耳を俺の掌へおしあてる。ピアスの金具が手に触れて、ひやっとする。
誰かが小さく叫んだ。そちらを見ると、カルナさんだ。ミエラさんと一緒に、血の気を失っている。ネクゼタリーさんは体をまっすぐにして、俺の左掌を、俺の左耳へあてる。
ほーじくんがネクゼタリーさんを呼んだ。カルナさん達みたいに血の気がない。ほーじくんとネクゼタリーさんは短く言葉を交わし、ネクゼタリーさんは微笑んで俺の左手をはなし、右手をとった。ほーじくんがサーダくんの手を振りほどいて立ち上がり、こちらへやってきた。サーダくんが目を覚まし、とびおきる。ネクゼタリーさんが俺の右手を自分の顔へ近付けているのを見て、その目がみるみる瞠られた。




