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ニニくんは諦めなかった。その顔色が、どんどん悪くなっていく。俺はニニくんの手を、反対の手で掴んで、ニニくんの膝へ置いた。ニニくんは泣きそうな顔になっている。俺は微笑みのまま、頭を振った。頷くのと頭を振るのとは、もとの世界と同じ意味だ。
「マオ」
ユラちゃんの声が、下から響いた。人名は翻訳のしようがない。それで、ちゃんと聴こえてくるのだと思う。
この状態でヨヨに、マオに手紙を、となんとか通じさせたらしい妹は、とてつもなく根性がある。多分、手紙と「マオ」を結び付けたんだろうけど、ヨヨは、成程こっちでは手紙のことをマオというのか、と勘違いする可能性だってあっただろうに。
まあ……ヨヨにしてみたら、意味がわからないなりに、マオ、という言葉が聴こえたから、とりあえず渡してみた、って可能性もあるけど。妹には、祇畏士が死んだら封印された魔物がそこへ出てくるって話をした筈だから、それを覚えていて、賭けたのかもしれない。ヨヨがほーじくんの封印した魔物で、戻ったらほーじくんの傍に居る、ということに。
ユラちゃん、リッターくん、それにタスが、砂をのぼってきた。ニニくんがぱっと立ち上がり、タスの傍へ行く。なにか喋っているが、ニニくんの声は小さいし、表情は悲壮なもので、多分「治療がうまくいかない」と伝えているのだろう。
タスが二回、深く頷いて、ニニくんの腕をとる。ニニくんは名残惜しげに、肩越しに俺を見ていたが、ふたりは一緒に砂をくだっていった。
リッターくんが、ニニくんが座っていたところにあぐらをかく。ユラちゃんは俺の右にそうした。なにか喋りかけてくれているのだが、内容はまったくわからない。ユラちゃんの表情は、最初から険しかったけれど、段々と哀しそうなものになっていく。
俺は苦笑いで、頷いたり頭を振ったりはしなかった。彼女がなにを喋っているかわからないのに、返事にとられかねないことはしない。なにしろ俺は、昼までは綺麗な共通語から各地の方言から、なんでも喋れる人間だったのだ。喋りはしないが聴こえてはいる、だから理解できている、と思われたら、困る。
こちらの言葉は歌うようで、時折口笛みたいな音がまざる。歯笛、かなあ。多分、舌を歯におしつけて、あの音を出しているんだと思う。唇をすぼめたりはしていないから、それくらいしかあの音を出す方法がないと思う。
ユラちゃんの声は相変わらず甲高い。それ自体は、言葉がわかってもわからなくても同じだった。




