魔王、心配される(36.5)
サイン家、おもや。
じゅうたんの上に座っているのは、主であるナジの妻ドール、サイン夫婦の友人である、シアナンとバドのショグーフ夫妻。三人は黙ってはちみつの壜を見詰めていた。
シアナンがもそもそと喋った。
「マオは……なんというか……はちみつの価値を知っているのだろうか」
「知ってたらくれないわよ。こんな量」
バドが呆れ声を出す。
ドールははちみつの壜をのぞき込み、しきりと首を捻っていた。「あの子、「養蜂家」でも、「採蜜家」でもないのよね?」
「ああ、違う」
「買ったっていうんなら買ったんでしょ。なんて無防備な子だろう! シアナン、なんとかあの子をまもってやってよ」
はちみつは、砂糖と比べ、今や非常に高価である。
理由は単純で、はちみつを入手するのに有利な職業である「養蜂家」「採蜜家」が裾野から流出したから、だ。
このふたつの職業は、蜂を操る駆使魔法をつかえる。
蜂がこわいのは、ひとを刺すからだ。
だが、魔力がある程度ある「養蜂家」「採蜜家」は、駆使魔法によってその脅威にさらされない。彼ら彼女らにとって蜂は、甘くておいしい蜜をとってきてくれる、ぶんぶんと可愛いやつ、でしかない。
勿論、駆使魔法がなくても養蜂はできる。
しかしはちみつは嗜好品だ。究極、なくても困らない。それを手にいれるために命を懸けるくらいなら、自分に適した方法で稼ぎ、「養蜂家」や「採蜜家」から買うのが簡単だし安全だ。
そもそもは、年々荒れ地がひろがり、採れる蜜の量が減ったことが原因である。
荒れ地はかつて、裾野に隣接している程度だった。ところが、この数百年で、裾野の半分は荒れ地にかわった。今ではロアとシアイルの東端も、一部荒れ地になっている。ディファーズはそれを祟りだというが、そのディファーズだって海の水位が下がっている。環境の変化は世界的なものなのだ。
以前は林や森だったところが、荒れ地になる。それでも作物はあるが、養蜂家同士で蜜をめぐって争いになった。花の蜜には限りがある。
「採蜜家」は、蜂の巣をさがして、魔物に襲われるようになった。蜂の巣を手にいれるために、銀貨を何枚も出して「戦士」や「魔導士」を雇うのはばからしい。
なかには、駆使魔法を生かして、別の仕事を見付けるものもあった。だが、「養蜂家」にしたって「採蜜家」にしたって、蜂が好きなのだ。だから、裾野を捨て、蜂とともに他国へ移った。
そのほとんどが、シアイルへ流れた。シアイルでは国策として、砂糖などの甘味料を他国へ輸出して稼いでいる。はちみつを安定して生産(あるいは採取)できる職業は、待遇がいい。
この世界で甘味料と云えば、シアイル産が九割。はちみつは、多少粗悪なものでも、500gで銀貨五・六枚はする。上等なものなら500gで銀貨三十枚なんてこともある。
銀貨一枚あれば、ぜいたくを云わなければ、宿に三日は泊まれる。はちみつは高いのだ。
マオの出したはちみつは、上等なもののように三人には思えた。バドが身を捩って心配するのも当然だ。
「とりあえず、わるがきどもはしぼってやったけれど……」
ドールがささやく。染め粉の配達には慥かに行ったが、その道中近所の家を周り、マオの水浴びを覗いたわるがきを叱ってきた。隣の奥さんが悪行を目撃し、注進してくれたのである。
染め粉の壜を見せて、これは魔物に目をつけられるようになる薬で、お母さんに頼んであんたのご飯に混ぜてもらってもいいのよ、と脅しつけさえした。勿論、悪いことをしたのはあちらなので、わるがきどもの親はしかつめらしく頷いた。ドールがそんな薬をつくっていないことは知っているが、それくらい脅かされても仕方ないと、協力してくれたのだ。
「マオは、シアイルの出なのかしらね」
「どうだろうか」シアナンが額へ手を遣る。「シアイルにしたって、そう安くは売っていないだろう」
「なんでもいいわよ。とにかく、あの子のことはちゃんと見てないと」
バドが云い、それにはふたりも頷くだけだった。
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