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「あんたがとっとと停めればよかったの間違いでしょ」
ユラちゃんがきつく云い返す。リッターくんは片手でユラちゃんをつりあげたまま、もう片方の手で肩にわだかまっている布をひっぱり、足許へ落とす。首が見えて、シアイルふうの詰襟の服を着ているのがわかった。「俺は御者ではない。それに、あれだけの速度で走っていたのに、突然停まるのは危険だ」
「お黙り」
ユラちゃんはぴしゃりと云って、右手を振った。魔法の灯が一気にみっつ出現し、ふわっとユラちゃんの周囲に漂う。リッターくんは二・三回、ユラちゃんを振り、それから降ろした。ユラちゃんが抗議する。
「わたしは荷物でも猫でもないのよ! 人間らしい扱いをなさい」
「まともな人間は完全に停まっていない馬車から飛び降りたりしない」
「あんたねえ、このところ」
ユラちゃんは更になにか云いたかったようだが、リッターくんは小さく鼻を鳴らしてそれを無視し、こちらへ向かって歩いてきた。「ちょっと……!」
ほーじくんがぱっと、手を開いた。
はっとして、俺はほーじくんを見る。ほーじくんは目にいっぱい、涙をためていた。「ほーじくん?」
「ぼく、リッターに、あやまらなくちゃ。ユラにも」
「え?」
「マオと一緒に居る資格、ない」
「ほーじくん、なに云っ」
おそらく、リッターくんが近付いてきたことに危険を感じたのだろう。エクシザが音もなく飛んできて、リッターくんを蹴っ飛ばした。
「百雷!」
ユラちゃんが魔法をつかい、ばりばりとおそろしい音が響いた。俺は悲鳴をあげてうずくまり、両腕で頭を庇う。エクシザが咆吼したが、怒っている声で、怪我をした声ではない。それくらいは俺もわかる。「ホートリット、だめ! ユラ、リッター、辞めて……違う……」
ほーじくんの悲痛な声がした。もう一度、雷の音がする。
十秒くらいおそろしい静寂があって、けーん、と、エクシザが鳴いた。
俺は泣きながら、腕を頭からはなした。おそるおそる。エクシザが居るほうを見る。声で場所はわかっていた。
ほーじくんがエクシザにしがみついていた。その足許には、リッターくんが尻餅をついている。額から血が流れ、服にぽたぽたとしたたっていた。よく見ると、ほーじくんのローブにも、血がにじんでいる。「フォージ?」
「ホートリット、リッターはマオのともだちだから」
エクシザがぐっぐっと呻いている。とても不満そうだ。ユラちゃんは三人からはなれたところで、肩で息をしていた。「冗談も、いい加減にして、頂戴」




