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口を噤む。
恩、か。マルジャン達も、そんな感じだったな。それだけ、俺にとってはもとの世界であるあちらの環境が、彼らには厳しいものだったのだろう。マルジャンやヤラが、今になってみるとかなり温厚な性格をしているのに、あちらでは人目につくところではねまわったりごみを荒らしたりしていたのを考えても、かなりきつい場所だったんだなとわかる。
俺は小さく、頷く。タスの気持ちは、ある程度は理解しているつもりだ。
俺も、こちらの世界で最初に出会って、助けてくれたダストくんに、恩義を感じている。ダストくんが困っていたら、なにか力になりたいと思う。
だって、ダストくんに会えなかったら、俺は砂に埋もれてひからびてたか、魔物に襲われて食べられてたか、犯罪者に見付かって身ぐるみはがされてたか……だと思うから。だから、ダストくんに頼まれたら、大変なことでもやると思う。
魔物だからって、その気持ちはかわるものじゃないらしい。タスは多分、俺に対して、俺がダストくんに感じるような気持ちを持っているんじゃないだろうか。
なんとなく声が出にくい。「ありがと」
「礼を云われたい訳ではない」
タスはにべもないことをいい、鼻をちょっと鳴らした。
「ホートリットとチャタラがどう考えているのかは知らんが、わたしはお前に恩を返してから使役を解いてもらおうと思っている。その後お前がどうなろうが、知ったことではない。だが、わたしが満足する前に勝手に死なれたら困る。だから、なにか問題が起こりそうなら云えと云っている」
立て板に水でそう云うタスは、俺を睨んでいた。レットゥーフェルは、云ったことはやるし、約束はまもる。そういう性格なのか、それが美徳とされているのかわからんが、実際そうだ。
俺は苦笑した。
「ありがとう」
「だから」
「いいじゃん別に、お礼云っても」
俺はちらっと、新月と大量の星、という空を見てから、幕屋を向く。ほーじくんはもう、眠ったかな。
それから低声で云う。
「人間の決まりって云うか、常識が、俺には邪魔だなって思ってただけだよ」
自分で思っていたよりも、恨みっぽい声になった。
そう。そうだ。邪魔だと思っている。とても邪魔で、腹がたつと。
俺はわがままなんだ。自分の所為だなんて、絶対に思わない。ほーじくんからはなれて、哀しませるようなことはしない。
ほーじくんから故郷を奪っても、俺はほーじくんと一緒に居たいんだと思う。
どうせどれかを選ばないといけないのなら、自分がどうしてもほしいものをとるのは、悪いことじゃないだろう。
感想ありがとうございます。はげみになります。




