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声はいつもみたいだった。だからか、ほーじくんはほっとした様子を見せ、軽く頷いて、俺の頬にちゅっちゅっと音をたてて口付けた。それから足早に、ヴェルツの死体へと近付いていく。手にした杖を持ち上げる。
エクシザは、同じように翼を持つ人間だからか、俺に使役されている同士だからか、ほーじくんがヴェルツに近付いても気にしない。邪魔をしたり、威嚇したり、ということがないのだ。……滅却したほうがおいしいから、という可能性もあるな。
マルジャンとヤラが俺の足許で、小さく上下した。ふたりはするすると滑って、降りてきている。俺もそれくらい器用なことができればいいのだが、真似をしたら一生分の砂を食べることになりそうなので、自重している。俺の運動神経の悪さなめんなよ。
移動がとてつもなくゆっくりしたペースであること、そしてそれがあからさまに俺の責任であること、そもそもほーじくんがこんな危険なところへ来た原因が俺であることなど、のしかかる精神的な負担がそろそろ臨界点にまで達しそうになっていた。
これがまずいことは、自覚している。四月の雨亭でこういう気分になって「決壊」した時は、文字通りの決壊だった。祇畏士に胃のなかのものを吐きかける、という。御山でもこういうことはあって、その時はもう少し穏やかで和やかだったが、強制的な入院を命じられてベッドに縛りつけられていた。
多分、もとの世界でのことも、細かいが負担にはなっていたのだろう。UMA騒動もあったし、崖崩れやエクシザが暴れた事件もあった。それに、いつ封印が解けるのだろう、という不安と期待のいりまじった吐きそうになる感情に、戻った時の為にといろんなものをかきあつめていた時の奇妙な高揚感、そして、こちらをはなれて目にはいった、ミューくん達の人間関係のあれやこれや。
自分がほーじくんと離れていたくない、せめて同じ世界に居たいと考えていることも自覚した。
本当に、もとの世界に居る間に、いろいろと起こりすぎたのだ。
俺は鈍いから、本当にまずい段階に至るまで、どうしてだかのんびりだらだら楽しくすごしていられるのだ。限界の数㎜手前でようやく「限界が近いんだ」と気付く。気付いたら、なにか手を打たないといけないのに、その段階では手を打つことも難しい。荒れ地に居る間になにかしらの爆発を起こすかもしれない。
それが比喩的でも、事実爆発を起こすとしても、あとが大変そうだからしたくない。
けれど、自分の精神を安定させる方法を、俺はくわしく知らないのだ。




