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ほーじくんの言動が可愛くて、俺はくすくす笑いをおさえるのに必死だ。
「行ってきなよ」
「……でも、マオが心配だから」
肩をすくめるほーじくんに、俺はどうにか頑張って笑いの発作をおさえこみ、にやっとした。
「だいじょうぶ。マルジャン達が居るから、なにか来たら戦ってもらえるし、ちゃんとここで待ってるから、ほーじくんからも見えるでしょう?」
その言葉は本音だったのに、俺はへまをした。
砂の丘は、反対側は結構な急斜面だった。高低差で云えばのぼってきた側とそこまでの違いはないのだが、角度が違う。折しも強風が襲い、俺は相変わらずの運動神経を発揮した。ローブが風をうけてふくらみ、バランスを崩して、そちら側へ二歩踏み出してしまったのだ。
沙漠で走ったことはあまりないから知らなかったが、急な斜面をくだりはじめたら停まらないということを身をもって知った。とんでもなく勢いがつくし、砂は滑るしそうでなかったらあしが沈み込んで踏ん張りがきかず、停まりようがないのだ。
あっという間だ。転落するのに近いようなスピードで、どんどんエクシザが迫ってくる。正確には俺がエクシザへ向かって猛スピードで走りこんでいるのだが、意思に反した移動である。とはいえあしを動かさないと転んで痛い目を見そうだから、必死で両脚を動かした。「マオ」
ほーじくんが飛んできて、俺の上体をばっと抱くみたいにし、そのまま斜め上方向へ飛んで転倒を防いでくれた。ほーじくんは平らなところに、すぐに降りてくれる。
「あ、……」
ありがとう、と云いたかったのだが、息が切れて言葉が出ない。俺は目を瞠って、目の前のほーじくんを見詰めている。今の二十秒くらいで、一ヶ月分の運動をした気がする。心臓がとんでもない速度で脈打っていた。俺は走るのはきらいなんだってば!
ローブの袖口で額を拭う。ほんの数十秒で、大量の汗がふきだしていた。走らされた所為でもあるし、転ぶかも、転んだら首を折るかも、死ぬかも、という恐怖故でもある。
実際のところ、運がよかっただけなのだろう。俺は間一髪で、史上初の転倒で死んだ魔王になることをまぬかれた。いやもしかしたら、居るかもしれないな、転んでぽっくり魔王。
足首に鋭い痛みがあったが、それはこの際どうでもいい。首が折れるよりはずっとましだし、転んで砂まみれになるよりもこちらの世界では厄介じゃない。
俺は、動揺を覆い隠して、ほーじくんに笑みを向けた。「これで、ほーじくんの近くだから、もっと安心だね。滅却、してきて」




