366
俺は苦労してブーツを脱ぐ。その間に、ぽいぽいと靴を脱ぎ散らかして目隠ししたティーくん、ヴェンゼくんが、次々運ばれていった。
漸くとブーツが脱げた。「すみません」
「いいえ。お嬢さまがたのお仕度には時間がかかるものと、相場は決まっております」
ランタンを持っている黒尽くめの人物はそう云って、口角をあげた。御者さんだと思う。しわがれた声で、男女は解らない。
目隠しをすると、抱え上げられた。見えないのでこわい。俺を抱えている人物の服をぎゅっと掴む。「おぼこいお嬢さんだこと」
……女性? みたい。
なんだろう。不穏。
やな感じがする。
雨風は少し強くなっていて、音は聴こえた。風が冷たい。でも、さほど濡れなかったから、傘をさしかけられていたのかもしれない。
暫くすると、風がやみ、雨音もしなくなった。屋内に這入ったのだ。
そこからまた、暫く移動する。あしおとはあまり聴こえない。黒尽くめのひと達も、靴を脱いで居るのか、裏に皮や布を張った靴なのかもしれない。
空気が一気にあたたかくなった。
降ろされる。柔らかい、クッション? 布団? の上へ。指示はないし、目隠しは外さない。目立たずに情報収集をするのが目的だもの。
ごー、と、重たいものが動く音、ばたん! と、おそらく扉が閉まった音がする。余程重たい扉なのか、近くだったのか、風が背中側から吹き抜けた。
さ、さ、と、あしおと。あたたかい空気の塊が近くにある。誰か居る。
結び目が解かれた。リボンだから、生地に張りがある。勝手にはらりと落ちた。
「お姫さま」
ぞわっとした。「来てくれて嬉しいよ」
やっぱりそうだ。ウォームグレイの髪に、茶色の瞳。カフェオレ色の肌。俺にキスしてきたやつ。
男はにっこりして、俺の手をとる。「こっちへおいで」
「……あ」
「されき」
ぱっとそちらを見る。ダークブロンドで長身の男性が居た。ふたり分目隠しを解いたらしく、リボンを二本持っている。「まだはやい」
「解ってるよ。お姫さま、君はお酒が好きだって聴いたよ。おいしいのを用意してあるから、こちらで呑まないか?」
手を引かれた。笑って(とんでもなくぎこちなかったろう!)、立ち上がる。「ありがと。されき、さん?」
「そうだよ。かみなり」されきはかみなりを軽く睨む。「お姫さまに自己紹介する機を逃した。お前の所為だぞ」
「そりゃすまなかった。お嬢さんがた、わたしはかみなりだ。宜しく」
かみなりが、座り込んでいるティーくんとヴェンゼくんへそう云って、にやっとした。「今夜は楽しいことをしよう」




