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泣き声と悲鳴と訳のわからない怒号と、とにかく騒がしい。だから、そのあとウェイターさんがなんと云ったのか、俺には聴こえなかった。はっきりしているのは、レストランの窓の外にも、レットゥーフェルが居るってことだけ。それが何頭で、空中浮遊しているだけなのか窓がらすを破ろうとしているのかレストランで食事したいと訴えているのか、それは俺は知らない。判断もつかん。
ウェイターさんにそれを訊きたくて振り返ったが、俺は結局なにも云わなかった。気付いたことがあったのだ。ナラさん達や、怪我をしたお客さんが居ない。多分、レストランに避難したんだ。本当に優秀な従業員ばっかりで、おじさんの凄さが身にしみる。
それじゃあ、ここのレットゥーフェルを片付けて、レストランの外に居るやつにもお引き取り戴かないとな。お土産にお菓子でもあげたら帰ってくれないかな。
窓へ向き直る。レットゥーフェルは、まだ、がらすを攻撃している。俺は息を整え、目を瞑る。
三秒そうして、気持ちをきりかえ、目を開ける。気持ちのきりかえがはやいのは、子役・國立真緒の売りのひとつだった。泣く演技のあと、気持ちがなかなか平常に戻らないひとは、案外居るのだ。俺はそんなことない。食べたいもののことを考えれば、気持ちはフラットに戻せる。
こいつ退治したら、大学芋食べたい。妹がつくってくれるやつ。
「禍殃、偸利」
ささやいた。
レットゥーフェルは奇妙な叫びをあげた。だが、まだ死んでいない。落ちていかない。しぶといな。冒瀆魔法のききが、ほんとに悪い。
レストランのほうからもの凄い音と悲鳴が聴こえてきた。これはまずいかも。こっちに来いよ、おい、レットゥーフェルが何頭来たって俺ならなんとかできるんだよ。分散すんな。
あ。
マルジャン達には俺の言葉、通じてるよな。
もしかしたらこいつ、俺の言葉、わかるかも?
「おい、腰抜け」
がらす越しに云った。がらすにはいたるところにひびがはいっているし、一部は完全に破れているし、充分外まで声は届く筈だ。だが、暴風雨である。きちんと聴こえるかわからない。
それでも俺は、少し笑いながらレットゥーフェルへ云った。「お前、おとりだろう。お前が俺みたいに強い、ひとりじゃかなわないような相手を頑張って足止めして、その間にお前の惰弱なお仲間達が、弱い人間を一斉に襲うって云う算段だな。そんな卑怯な手をつかって、はずかしくないのか? レットゥーフェルっていうのは、怯懦で惰弱で軟弱で卑屈で卑怯でどうしようもない種族みたいだな」




