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おじさんはすぐにやってきた。一緒に這入ってきた従業員が、ローテーブルに湯気のたつマグをみっつ置く。中身はマサーラーチャイだ。生姜のいい香りがする。
従業員が出ていき、俺はなにも云わずにマグをとって軽くさまし、マサーラーチャイをすすった。「うまい。水佳、飲めよ。おいしいぞ」
妹はかすかに頷いて、マグをとる。けれど、飲みはしない。
おじさんはお匙でマグの中身をかきまぜている。
「なにがあったんじゃ」
俺は肩をすくめた。
俺が、たまたまロビーから渓谷を見ていて、魔物が居るのに気付いた。
その直前に、あの子達が下まで行くと云っているのを聴いた。
妹が下へおりるみちを知っていたので、一緒に行った。
魔物が出てきて、使役して追い払った。
そんなような説明をする。嘘は吐いていない。
「使役」
「ああ。生きものを支配下におけるんだ」
使役については、ざっくりと説明してある。だが、おじさんはきちんと理解していなかったようだ。もしくは、頭で理解していても、気持ちが追いついていないのだろうか。俺は今度は、かなりくわしく説明した。
俺の言葉が途切れると、おじさんは頷いて、ふーっと息を吐く。
「わかった。そうやったな。それで……その、ホー……」
「ホートリット」
「そいつを、支配したんか」
「そう」
「そうか……」
ぬるくなったマサーラーチャイをすする。妹もそうした。少し、落ち着いてくれたみたいで、表情のこわばりがほんのちょっと解れている。
俺は左手で妹のせなかを撫でる。妹の様子を見ながら云う。
「多分だけど、相当弱まってたから、人間を食べたり襲ったりはしてないと思う。この辺で行方不明って、でてる? 最近」
「いや、聴いてねえ。お客さんも、キャンセル出た分も全員、確認しちょる。崖崩れにまきこまれてねえか、たしかめたんじゃ」
丁度よかったみたいだ。この近辺でしばらくは行方不明者が出ていないと、ほとんど確実になった。
バックパッカーとかが居なくなった可能性がないでもないが、ホートリットがそういうひとを襲ったとして、服はともかく荷物までは食べないだろう。そういう不審な荷物があったら、崖崩れにまきこまれたのかもと大騒ぎになっている筈だから、多分大丈夫だ。
俺は安心して、頷いた。
「まあ、あとでちゃんと確認とるよ。人間襲ってないか、食べてないかって」
「喋れるんか」
「魔物によるみたい。喋れるのも居るよ」
おじさんは、はあー、と云って、額を撫でる。驚いたらしい。




