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笑い声じゃない。ホートリットの苦しむ声だ。なにこの……。
妹に耳を塞ぐよう云っておいて正解だった。これを聴かせたくはない。俺だって聴きたくはない。
ホートリットはよだれを垂らしながら、身をよじって苦しんでいる。逆立っていた羽はしぼみ、体そのものも縮んだように見えた。相当痩せている。
外傷らしきものは見えない。とにかく苦しいようだ。穢土と同じで、指定の範囲に、というやつなのだが、ぱっと見て効果がよくわからない。
けれど、とりあえずダメージを与えることはできていると思う。俺は深呼吸してから、ホートリットへ近付いていく。こいつを殺すべきか、使役すべきか、どちらだろう。
ホートリットに対してネガティヴな感情はある。リューさんのことを思い出すからだ。でも、倒したら一気に等級があがるくらいの、強い魔物だということも知っている。だからこそ、リューさんがあんなふうに苦しむことになったのだけれど。
ホートリットの目が俺を捉えた。憎しみらしいものがひらめいている。
多分な。そんなん、正確なところがわかってたまるか。人間同士でも感情なんてはっきりわからんっちゅうの。
俺はちょっと腰をかがめた。ホートリットからはあんまり嗅ぎたくない匂いがしている。くしゃみが出そう。「死ぬ? 使役される? 選んで」
正直俺はどちらでもいい。こいつは多分、ひとは殺してない。さっきは焦っていて、人間を食べたのではないか、と思ったけれど、そんなことがあったらニュースになっている。
都会でひとひとり消えるのとは違うのだ。こんな田舎で行方不明者が出たら大騒ぎになる。消防団も青年団も総動員、ボランティアも投入されて山狩りが行われるのが普通である。
だから、この近辺の人間に害をなしてはいない。ついでに、こいつの弱りかたを見るに、長距離を移動できるとも思えない。この辺りにとばされて、状態異常で苦しんで、野生動物を幾らか捕食しただけ、という感じだ。サローちゃんが解体するのを見ていたから知っているが、ホートリットは本来こんなに細くない。そもそも弱っていたから、俺の魔法でこんなにダメージをうけたんだろう。
人間を殺しているやつを使役したくはないが、そうでないなら強いホートリットを使役するのはやぶさかじゃない。人間を殺してないなら、なんて、とんでもないエゴだけどさ。
「死ぬ?」
やわらかく問うてみる。ホートリットは俺を睨んで動かない。
「使役される?」
唸りが返ってきた。使役される、ということかな。




