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俺は顔だけ、ホートリットへ向けている。あいつに見せる面積を増やしたくない。攻撃の的をひろくしたくない。
叫喚はきかなかった訳じゃない。俺に狙いをしぼってくれたらいいと思う。俺は魔力が高い。ヤラは魔力をめあてにやってきた。魔力の高い者を捕食したいという衝動があるということだ。ホートリットにもそれがあると思いたい。
そのほうがいい。多分、今ここに居る人間で、魔物に対処できるのは俺だけだ。
ホートリットが威嚇なのか、腎臓がぞわぞわするみたいな声を出した。今までに聴いたことのない、でもいやな音だ。もしかしたらなんらかの攻撃魔法かもしれない。
「逃げて」
五人へ云う。一瞬だけ目を向けると、五人ともかたまっていた。その顔には恐怖がはっきりとうかんでいる。ひとの感情の機微に疎い俺でもわかるくらいの恐怖だ。
「水佳」
妹は多分俺見ているのとは反対の方向に居る。ホートリットとは反対側に。「五人をつれて、逃げろ」
「お兄ちゃん」
「いいから逃げろ!」
ホートリットが動いた。声で、妹がかなり近くに居ることがわかったので、俺は避けられない。妹に怪我をさせるくらいなら俺が死んだほうがいい。
ここでなにをつかうのが一番だろう。
「禍殃!」
とびかかってきたホートリットが、咽をしめられるような声を出して、俺の手前で墜落した。それでも這いずってやってくる。状態異常で苦しいのだろう、目の焦点はあっていないし、体の動きがぎくしゃくしている。
視野の端に妹があらわれた。女の子のひとりをつかまえて、ひっぱっている。だが、その子に逃げる意思がないから、妹の細腕では動かせない。お弁当の紙袋を持っていた子が、支配人の肩に両手を置いて、きつく掴んでいる。
俺は二秒くらいでそれらを確認し、逃がすのは無理だと判断した。ホートリット相手では、チャタラ達では分が悪い。そもそもチャタラは群れで、それも無尽蔵みたいにどんどん出てくるから厄介なのであって、一頭二頭では俺でも対処できるレベルの強さである。
それに比べてホートリットは、一頭でも傭兵数人がかりだ。俺がひとりでどうにかできるとでも?
自分の運動神経の鈍さとか、体力のなさがあらためていやになった。それでも、多分これは俺が始末をつけるべきことなのだ。魔物に対して強くなるスキルを持っているし、魔法をつかえる。
息を吸う。空気が悪い。いやな感じだ。「水佳、耳塞げ」
「え?」
「目も閉じとけ。見らんほうがいい」
妹に心的外傷を与えるつもりはない。
ホートリットを睨む。
「昏冥」
誰かが笑ったような気がした。




