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ロビーの窓から渓谷を見る。
玉花荘は廊下が延々続いているようなかわったつくりをしている。宿泊用のお部屋ははなれが多い、多分だが、中庭と俺が認識している場所の一部に渓谷がある。この辺りは変な地形が多いのだ。山と山の間に大きな岩がはさまっていたり、じゃがいもみたいな形の山があったり、山にほぼ完全に囲まれた地域があったり。
レストランから、紙袋を両腕に抱えて、女の子が出てきた。足を見ると、スニーカーをはいている。渓谷のぎりぎりまで行くのには、せめてスニーカー、できたら登山靴がいいだろうな。
鷹がとんでいるが、声は聴こえない。目で見て思うより、このがらすは分厚い。
こわくて見ることが難しいが、俺は渓谷をじっと見ていた。こういうふうに逃避していたほうがいい気がする。考えることが多すぎるのだ。あちらへいつ戻れるのか、崖崩れはどうなるのか、お客さん達はここから出られるのか。
ほーじくんはしあわせなんだろうか。
俺はずっと、ほーじくんは元気で、しあわせだろうと思っていた。
だって、魔を封印したのだ。悪しき魂を。
それを、ミューくん達は絶対に見ている。ほーじくんをはげまし、なぐさめてくれているに違いない。好きな相手にでも、情をさしはさまず、適切な行動をとった、と。勇気があり、ひととして正しい、素晴らしい行動だった、と。
悪しき魂だと云うことを隠していた俺に対しては、彼らは軽蔑とか、嫌悪をとか、そういうものを抱いている。それは間違いないと思う。だから、一番被害の大きかった、というべきかな、俺を好きだと云っていたほーじくんを、憐れに思って、気遣ってくれている筈だ。
その筈だ。
だからほーじくんは安全だし、なにもこわいことはない。みんなは味方してくれる。俺のことだって、ほーじくんの為に隠してくれている。
俺の助言でワインビネガーをつくりはじめたラスターラ家や、俺の持ちこんだ薬材をつかっていたサローちゃんの工房、俺がそれなりの期間働いていた四月の雨亭、俺が出資した秋の娘亭やティーくんのお店、俺に通行手形をくれたケルネスさまや干しあわびをくれたキオ卿、助けてくれたマルクティシアス卿……そういうひと達だって、俺が悪しき魂だったとわかったら、とばっちりをくらう。だから、優しくて気を遣えるあの子達は、隠してくれているんだ。俺がばかみたいな正義感にかられて、自己満足でやりたい放題ひっかきまわしたことを、知っているから。
ほーじくんが封印を強要されているとしたら、みんながそれを助けてくれているって、信じたい。
なのにそれが難しい。ミューくん達ならそんなことをさせないように動いてくれる気がしているから。




