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焼きかぶのサラダとシーザーサラダを一部トレードしたり、俺達がクロックムッシュを追加発注したり、チーズとサラミのホットサンドウィッチという膝に悪そうなものを注文したりで、楽しい朝食の時間だった。
俺が由無し事を云っても、ふたりはくすっとする。
「あしどめされて、大変ですね。ご予定もあったんでしょう?」
「こんなものですよ」
ミチヒロさんはくすくす笑っていて、苦笑いのエリカさんが継いだ。「わたし達、東北のほうで、一回野宿になっちゃったんです。道に迷ってしまって。それでこのひと、風邪をひいて、三日間入院してしまって」
「熱がね、40度以上出たんですよ。まあ意識がもうろうとしていて、正確なところは覚えちゃいないんですけれど」
ミチヒロさんはそう云って、尚更笑う。つられて、俺もくすくすしてしまった。妹もだ。
エリカさんは優しい目で夫を見ている。
「だから、こういうハプニングは、旅にはつきものなんです。体を壊して予定が崩れるよりずっとましだわ。こんなに気持ちのいいところで、毎日温泉につかって、おいしいものも食べられて、文句なんて云えません」
食事を終えて、シカタ夫妻と別れ、ロビーに出ると、動画を撮っていた女の子達のグループが居た。玄関扉の辺りでケータイをかまえ、なにやら喋っている。「玉花荘の玄関です。みんなおはよー」
「わたし達元気だからね」
「昨日アップした動画、見てくれた?」
どうやら、配信する為の動画を撮っているらしい。それとも生配信だろうか。
録画にまわっている女の子がはっとして、ケータイの向きをかえた。フロントを写している。「フロントの林さんと馬渡さんでーす。おはようございます」
フロントのふたりはくすっとしてから、丁寧なお辞儀と挨拶を返した。
「とじこめられてるけど快適だよ」
女の子三人が画角にはいった。
「今日はお庭から、絶景を撮影したいと思います!」
「凄く綺麗な渓谷があるのー」
「支配人さんに案内してもらって、普段ははいれない渓谷のぎりぎり手前まで、潜入しまーす」
「次の動画、楽しみにしててね」
「わたし達の動画が面白い! と思ったら、チャンネル登録お願いします」
「いいねもちょうだーい」
三人がにこにこして手を振り、カメラ担当の女の子がケータイを下ろした。「はいおっけー」
「支配人さん待たせてるからはやく行こ」
「あたしお弁当うけとってくる」
「ちゃんとスニーカーはいてる?」
猛烈な速度で確認や報告が行き交い、ひとりがレストランへ走り、残りが出て行った。もしかして、俺が映らないようにカメラの向きをかえてくれたのかな、と思ったのは、誰も居なくなってからだ。




