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しばらくシカタ夫妻とお喋りした。
ふたりは俺がもと・子役だということに、どこかの瞬間で気付いたようだ。それが昨日なのか、今日なのかは知らないが、会話の端々でなんとなくわかる。
でもふたりとも、そのことについて特に興味はないみたいだった。握手もサインも求められない、なんだか普通の世間話が続く。そのやりとりは、心地よかった。
まったく俺を知らないひとと話すのも楽しいけど、知っていて知らないふりをしてくれるのも嬉しい。なんて云ったらいいかわからない感情だ。だからって、サインしてほしいとか、そういうふうに求められるのがいやな訳でもないし。知っていて、侮蔑してくる相手が嫌いなのかな。
感覚がおかしくなってる。ミチヒロさん達が普通で、良識があって、まともなのだ。よく知りもしない人間に、初対面から侮蔑や軽蔑の感情を向けてくる人間が普通じゃない。
そういうひとが多いのもまた事実だけれどな。
紅茶のポットを持ったウェイターさんが、お客さんの間を縫って歩いている。シカタ夫妻がおかわりをもらった。
「ミカさんは、ここで……?」
「おじさんのお手伝いなんです」
妹は、シカタ夫妻には綺麗な標準語だ。にっこりと、営業スマイルをしている。「おじさんの会社のひとは、お年を召したかたが多くて、膝とか腰に多少問題を抱えていることも多いので……わたしみたいにフットワークが軽い人間が必要なんですよ」
妹は真面目に云ったのだと思うが、シカタ夫妻は冗談ととったらしい。くすくすしている。でも妹は、それに満足そうだ。
俺も知らなかったことだが、妹は実際、おじさんやおじさんの会社のひと達の代理で、各地にお仕事に行っているらしい。それこそ、食材の仕入れとか、植栽の仕入れとか。
おじさん、もしかしたら、妹に跡を継がせようとしてるのかもな。度々云うもの。頼りになるひとに会社を預けて、自分はまた埋蔵金をさがしに行くんだって。どうしてそんなに埋蔵金にこだわるのかはわからないが、とりあえずおじさんはトレジャーをハントしたいのだ。俺も、おじさんに一度くらいは幸運が訪れたらいいなと思う。
世のなかには、浜辺をお散歩していて古い金貨を拾ったとか、お庭を掘り返したら昔のジュエリーが出てきたとか、そういう話は多い。なのに、おじさんはきちんと調べたり考えたりして、パーティを組んで出発して、温泉だの水脈だのを掘り当てて帰ってくる。もうお水専門のハンターになったほうがいいんじゃないかな。トレジャーハンターならぬウォーターハンター。




