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レストランから、ウェイターさん達が出てきた。ロビーに居るお客さん達に、香りのいい紅茶と、クッキーを配っている。場が少し和んだ。
お客さん達は、好むと好まざるとに関わらず、ここに居ざるを得ないのだ。おじさんはそれに、相当罪の意識を感じている。それで、こういうふうに、少しでも気分を和らげてもらおうとしているのだろう。おじさんらしい心遣いだ。
俺も一応お客なので、紅茶とクッキーがまわってきた。紅茶はあまり得意ではないので、クッキーだけもらう。ウェイターさんがかしこまった様子で、クッキーが数枚のった、綺麗な陶製のお皿を渡してくれた。
ヴァニラビーンズがぱらぱら見える、クリーム色のクッキーだ。かじるとほろほろ崩れていく。バターがたっぷりで、ヴァニラの香りがいい。
ミチヒロさんとエリカさんは、紅茶を飲み、クッキーを食べ、にこっとする。「おいしい」
「食べものの心配をしなくてもいいのだけは、よかったな」
俺と妹は、ミチヒロさんの言葉に力強く頷く。ほんとに、食べものがなかったら殺し合いでも起こっていたかもしれない。もしくは、野生動物を狩りに行くとかさ。鹿とかきじなら、この辺には居るから。
シカタ夫妻は、とりあえずお部屋で、ウェブ上でできるお仕事をしているそうだ。あとは、SNSを更新したり、動画を撮って投稿したりしている。昨日、お部屋で生配信しようとしていたら、崖崩れのことを報されたそうだ。
妹の話によると、お部屋にはあきがあって、今日チェックアウトする予定だったひと達もそこに泊まっているそうだ。あき部屋は、本来昨日のうちにバスで来る筈だったお客さん達が予約していた。
おじさんの英断で、とりあえず下へおりられる情況になるまでは、お客さんからはお金をとらないことにしている。勿論、実際に来ることができなかったお客さんには、返金作業をしている。常日頃からあのみちをつかっていたので、崖崩れの予兆に気付かなかったのがよほど悔しいらしい。
「寝床があって御の字ですよ」
「温泉もあるしね」
「なにか、不便なことがあったら、教えてください。オーナーに伝えておくので」
「マオさん達って、ここのオーナーと知り合いなんですか?」
エリカさんが不思議そうに云う。そういえば、オーナーとの関係は伝えていない。
「えーっと、親戚なんです」
「お父さんのいとこやっけ?」
「はとこじゃなかったかな」
どっちだっけ、と、妹と一緒に首を傾げると、シカタ夫妻はぷっとふきだして笑った。




