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追加のえびてんもさくさくで、てんかすお握りは結局三皿食べた。マルジャン達にわけて、魔力が減ってたんだから、仕方ないよねえ。
お皿もバットもからにして、そば湯を戴いた。つめたいおそばのあとにあったかいそば湯って、背徳的なうまさがあるよな。
俺が食べれば食べる程、女将さんの機嫌がよくなっていった。壁に貼ってあるメニュー表に拠れば、これだけ食べても五千円でおさまるみたいだから、儲かって嬉しいということではないと思う。っていうか、赤字じゃないのかなあ、このお店。
「おいしかったですか?」
「はい。てんぷらはさくさくだし、おそばはのどごしが最高で」
「でしょ? そばはね、あのひとが農家まで行って買い付けてね、粉にするところからうちでやってるんですよ。つなぎの山芋もね」
女将さんの、おそばとてんぷらに関するお喋りは、停まらなくなってしまった。俺はそば湯を戴きながら、それをありがたく傾聴する。そうそう、てんぷらは衣にたまごをいれずに、冷水でつくるとかりっとさくっとするんだよな。でもここのさくさく感は素人じゃ出せない。
女将さんの息継ぎの瞬間に訊いてみた。
「女将さん、お料理の学校行ってたんですか?」
「あらわかる? でも和食じゃなくて、フランスでね」
「えっ、凄い」
「なんでもひととおり教えてくれるから、応用がきくのよ。てんぷらにも役立ってる」
「へえー」
その後も五分くらい、お喋りした。
ふたりは夫婦で、フランスの料理学校で知り合い、結婚した。その後イタリアで同じレストランに数年勤め、帰国して、かねてより夢だったおそば屋さんを開業する為、旦那さんはしばらくおそば屋さんで修行、女将さんは有名チェーン店で調理人をして開業資金を貯めた。で、今年になって、開業。
ここは旦那さんの地元だそうだ。女将さんはなまりがないが、途中でふた言くらい口をはさんだ旦那さんは、それくらいの量の言葉でもわかる地元の喋りかただった。
座敷席のお客さんは帰り、俺は一旦席を立って、お向かいの和菓子屋さんで買ってきたおはぎを食べている。女将さんと、カウンタの奥で立ったままの旦那さんもだ。ご飯を食べに来るひとが居てもおかしくないと思うのだが、次のお客さんはまだ来ない。
それとなく水を向けてみると、経営情況は芳しくないみたいだ。あの量でも売れればぎりぎり黒字なのだが、そもそもお客さんが少ないので、仕入れたものが無駄になることが多いらしい。おいしくて良心的なお店なのに、世のなかってままならないんだな。
感想ありがとうございます。はげみになります。
誤字報告ありがとうございます。助かります。




