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駅前を流していたタクシーをつかまえ、妹に肩をかして、ふたりでのりこんだ。
救急車を呼ぶつもりだったのに、妹に停められたのだ。はずかしいからやめてと。
俺が運転手さんに病院へと云う前に、妹がおじさんの旅館を指定した。運転手さんはすぐに車を出す。俺は妹へ低声で云う。
「病院へ行くべきだ」
「だめ」
妹も低声だ。というか、ささやくようにしか喋れないらしい。「もし……チャタラのことが……」
妹はぎこちないが、いたずらっぽく微笑んだ。チャタラ達のことが露見しないように、医者にかかりたくない、ということらしい。そんなことは気にしなくていい。マルジャンとヤラには申し訳ないが、俺は当然妹を優先する。治療にチャタラのことを説明する必要があるのならばする。こちらの世界の技術でマルジャン達を調べられるかもという場面になれば、どうにか切り抜ける。
抗弁しようとしたが、旅館にはお医者さんが常駐していることを思い出した。人里離れたところにあるから、急病人が出ても救急車はすぐに来てくれないし、いざ来てくれても病院までの搬送に時間がかかるのだ。
高齢のお客さんや、湯治に来るひとが多いのもあって、安全の為におじさんの旅館には最低でもひとりのお医者さんと、ふたりの看護師さんが詰めている。あの旅館もその三人体制だった筈だ。
だったら、妹の気がおさまるようにこのまま旅館へ行って、お医者さんをお部屋へ呼んだほうがいい。というか、病院へ行くよりも時間はかからないし、ほかに急病人が出ていなければ待たされない。解熱剤もすぐに処方してもらえるだろう。
だから俺は、妹に同意したふりで、頷いた。妹は満足そうだ。
おじさんの旅館以外には、この辺りには農家さんばかりだ。車が何台もぶんぶん走りまわっている環境ではない。トラクターや四輪駆動車数台を見かけたけれど、渋滞なんてものは発生しておらず、タクシーはすぐに旅館の玄関前に停まった。
俺はお札を掴んで運転手さんへおしつけ、外へ飛び出す。
「おとなしく待ってろ」
ロビーへ這入ると、フロントの前におじさんが居た。鑑定士さんの部下のひとりと一緒だ。なにか話していたが、俺に気付くと眉をひそめた。「真緒、どうした」
「水佳が熱出した」
「なに」
おじさんは血相をかえ、フロントへ向き直る。「林さん、金盞花に来るように佐藤先生に云うてくれ」
「はい」
フロントの男性が電話へ手を伸ばす。その目が大きく開かれた。
振り向くと、妹がふらふらしながらロビーへ這入ってくるところだった。




