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深く考えることはなかった。
「偸利」
低く、かたい声が出る。
偸利は魔物に対しても、絶大な効力を発揮した。
どこからともなくあらわれて俺の妹に怪我をさせたチャタラは、その命を見る間に失った。体から水分が一息に蒸発したみたいに、チャタラは縮んでいって、かしゃかしゃとビニール袋をこすりあわせたような音をさせ、体だか頭だかと脚がばらけた。冒瀆魔法は魔につかれているものにはききにくいんじゃなかったか? 嘘ばかりだな。「崩潰」
別に触れなくても充分につかえるのだとわかった。それとも単に、俺が魔力を多く注ぎこんだからだろうか。
チャタラは砂か、灰のようになって、はらはらと風に飛ばされていく。あれから健康被害があるかもなとか、なにか悪影響かもなと一瞬だけ思った。
そんなことどうでもいい。
「水佳」
俺は妹の体を、その場へ横たえた。妹は無事な右手で傷口をおさえ、呻いている。とても痛そうに。
収納空間から、サローちゃんの傷薬をとりだした。妹を使役することができるかどうかわからないし、試すつもりもない。だから怪我を譲ってもらうことはできない。
サローちゃんの傷薬がこちらの世界の人間にも効くように、そして副反応がありませんようにと祈りながら、傷薬を妹の腕に振りかける。
妹は一瞬、痛そうにうっと呻いたが、その後すぐに呼吸が落ち着いてきた。それから、弱々しく云う。「おにいちゃん……」
「大丈夫。なんとかなる」
それは希望的観測ではない。俺にははっきり見えていた。傷薬が妹の血を洗い流し、傷口が徐々に、けれどしっかりと、修復されていくのが。
妹は血に濡れた右手で顔を拭おうとし、はっとして手を停める。出血量に驚いたのだろう。目が不安そうに揺れる。
その場に充満した、傷薬と血の混じった匂いが不快だ。こんな匂いは二度と嗅ぎたくない。
傷薬ひと壜で、妹の怪我はあらかた塞がった。俺は壜をその辺へ放って、もうひと壜とりだし、妹の腕へ振りかける。傷はかすかな痕を残して消えた。
俺は壜を放り投げ、大きく息を吐く。妹の体に傷痕を残すところだった。俺が、まだ封印されたチャタラが居るかもしれないのに、魔力を沢山持っているからそれに狙われるかもしれないのに、ふらふら歩きまわった所為で。
どうして俺は考えなしに行動するんだろう? それで多くのひとに迷惑をかけて、今だってもしかしたら、妹を死なせていたかもしれない。
なんにも学ばない。なんにも。ばかだ。俺が居るだけでこうやってまわりが迷惑を被ってる。
感想ありがとうございます。はげみになります。




