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歯を磨いてしまうと本当にやることがない。ケータイを確認したが、おじさんからの連絡はなく、どこからか俺がおじさんの旅館に居ると知った妹が、おいしいもん食べてずるいとメッセージを送ってきているだけだった。あゆうるかを大壜で買って帰って、ご機嫌をとろう。
とりあえず、その辺をお散歩することにした。チャタラ達の状態異常をもらい、玄関から外へ出ようとする。
フロント傍から白石くんがやってきた。俺は片手を上げる。「おじさんが戻るまで、お散歩するだけです」
「ひとりにするなって云われました」
白石くんはそう云って、赤面した。緊張するタイプみたいで、はずかしそうに目を伏せる。俺は小首を傾げる。
「誰から?」
「あ……あの、フロントの」
「ああそうか。うん」頷く。業務命令なら、そら従うよな。「わかった。じゃあ、おとなしくしてる。ありがとう、白石くん」
本当は散策したかったが、業務を邪魔するのは忍びない。俺はロビーの休息スペースへ向かい、ソファへ腰掛けた。白石くんが安心した様子でフロント近くへ戻っていく。お客さんは出たり這入ったり忙しく、従業員達はチェックイン・アウト、食事代の精算、荷物のひきとりやうけわたしに手を停めるひまもない。白石くんも、沢山の旅行鞄を台車みたいなものへのせて運んでいた。
そうだったよな、と、ちょっと苦笑する。あちらでは魔王や悪しき魂がばれなきゃ(まあ格好で差別はされたけど、娼妓に対して無条件で優しいひとも存在していたし、警邏隊が娼妓への不当な差別を取り締まっていたから)平気だったけれど、こちらではそうはいかないんだ。呪われた映画に出演した、スキャンダルまみれのもと・子役だもんな。
みんな、写真くらい簡単に撮れてしまう。あんまりいい気分ではない。
撮られたくないなと思ったものの、おなかがくちくなったら眠くなるのは自然の摂理というもので、俺はソファでいぎたないさまをさらした。
はっとして起きたのは、なにかが額に触れたからだ。
「あ、ごめん、起こしちゃった」
「……なんだ、お前か」
妹はふふっと笑って、俺の隣に腰掛ける。どうやらお化粧しているらしく、おしろいの匂いがした。「どうした?」
「うん。明日ここに来る予定やったんよ。話し合いで」妹は脚をぶらぶらさせた。「でも、どうせなら今日から泊まろうかなって。ここなら安全やろうし」
「ああ……」
どうやら、妹はチャタラでだいぶ、ショックをうけたようだ。
俺は妹へ手をのばし、軽く髪を梳いた。「大丈夫だよ」
妹はにっこりしたけれど、それが心の底からのものではないのは、兄である俺にはよくわかった。




